「Circle Waltz」(1962年、リバーサイドレーベル) 耽美なピアノの影に悲話 平戸祐介のJAZZ COMBO・29

「Circle Waltz」のジャケット写真

 照りつける太陽、うだるような暑さ…。「夏を乗り越えることができるかな?」と心配になるくらいの猛暑が続いております。今回はそんな酷暑の中にオアシスを感じてもらえるような作品でありながら、もの悲しいストーリーのある、ピアニスト、ドン・フリードマンの「Circle Waltz」(1962年、リバーサイドレーベル)をご紹介します。
 フリードマンが奏でる耽美(たんび)なハーモニー、叙情的なメロディーはあなたの心と体をきっと癒やしてくれると思います。ロマンチックなピアノを弾かせたら右に出る者はいないといわれる「印象派」ビル・エヴァンスの影響を受けたとされていますが、しかしここには一つ切ないストーリーが存在するのです。
 元々フリードマンはキャリア初期、ロマンチックとは真逆の黒人直系のバップスタイルのピアノで演奏活動をしていました。ベーシストはなんとエヴァンスとの共演で一躍スターダムを駆け上がることになる若き天才スコット・ラファロが務めていました。しかし当時シーンで頭角を現してきていたエヴァンスに気に入られ、フリードマンの元をあっさりと去っていってしまうのです。
 フリードマンはニューヨークに進出して右も左も分からないラファロをいたくかわいがり、自宅に居候させたりしながら自分のバンドでじっくり育てていただけに、かなり心を痛めたようです。また悪いことは重なるもので、ラファロの後任に決定したチャック・イスラエルズもまたもやエヴァンスの「引き抜き」にあってしまうのです。
 音楽の世界でこのような引き抜きは日常茶飯事とはいえ、その理不尽さにフリードマンは心底参ってしまいます。その屈折感によって皮肉にも耽美で静寂なピアノスタイルである「エヴァンス的な演奏」に変貌してしまったとも言われており、何とも言い難い気持ちになってしまいます。
 前述の通り、フリードマンのオリジナルとジャズ・スタンダードを織り交ぜたバランスの良いアルバムに仕上がっていて、夏の夜にお好きな飲み物片手にグラスを傾けたくなる逸品です。一般的にいわれる「エヴァンスから影響を受けたフリードマン」ではなく、フリードマンが逆にエヴァンスに影響を与えていたのではないかと思ってしまうほど、この盤におけるフリードマンのピアノには、神がかった強烈な個性が存在します。
 もしフリードマンが神様のいたずらと言っても過言ではない2度の引き抜きを、しかも同一人物であるエヴァンスから受けていなかったら…。そんな複雑な思いにかられながらロマンチックで心地良い音にじっくりと耳を傾けています。(ジャズピアニスト、長崎市出身)

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