上げ馬神事…報道も語り尽くしていない馬へのひどい扱い 問い直すべき神事の意味【杉本彩のEva通信】

写真を拡大 写真右端の急斜面頂上にある1.8メートルの壁は直角
写真を拡大 この急勾配の坂を登らせ直角壁を越えさせる

動物を利用した伝統文化や興行への批判は、欧米を中心に広がりはじめ、日本でも近年ますますその声が高まっている。時代の変化と共に人々の価値観は変化し、何事においても野蛮で暴力的なものは受け入れられない社会風潮になってきている。

前回もこのコラムで取り上げた三重県桑名市の多度大社で行う「上げ馬神事」については、SNSにも驚くほど多くの強い批判の声が上がっている。それもそのはず、転倒し怪我をした馬が以前より殺処分されてきた危険な神事であることと、馬への暴力があるからだ。

まずは上げ馬神事について改めて説明しておくと、45年前に県の無形民俗文化財に指定された。伝統衣装を着た乗馬経験のほとんどない乗り子といわれる騎手が馬にまたがり、急坂を駆け上がる。最終的に高さ1.8メートルもの垂直の壁を乗り越えさせ、成功した回数で農業や景気を占うというものだ。この上げ馬神事は2003年頃にはすでに問題視する声があり、動物愛護団体も度々改善を訴えてきた。

コロナ禍でしばらく中止になっていたが、今年再開されたことで、再びその声が高まった。馬に対する酷い扱いと暴力、さらには馬の利用をやめさせてほしいという多くの声が、今回、当協会Evaにも届き、私たちは改めて上げ馬神事に注目した。SNSにも「動物虐待だ!」「時代遅れだ!」「馬がかわいそうで見ていられない!」「馬を利用するのはやめて!」という批判が殺到している。何度も問題視する記事がネットニュースに取り上げられ、地上波のニュース番組でも放送されたが、「伝統vs.動物愛護」という内容で、その危険性と馬に対する暴力をありのままに伝えるメディアをまだ見たことがない。

上げ馬神事の問題を知らない人々に、馬に対してどのような暴力や威嚇行為が横行し、馬がどのように扱われているかその実態を知ってほしい。メディアが撮影した神事の映像以外にも、SNSに上がっている聴衆のカメラが捉えた映像には、逃げ場のない無抵抗な馬への暴力が映し出されている。馬があまりにも気の毒で胸が痛む。その状況は、弱い者に対して強者が怒りに任せ執拗に暴力をふるい、それをまわりの仲間たちが傍観している、そんなイジメを彷彿させた。何とも言えない苦しくて嫌な気持ちになり怒りを覚える。言葉を持たない馬は助けを求めることも逃げることもできず、ひたすら暴力を受け入れるしかないのだ。その実態を映像で見てほしいと思う。そうでないとこの問題の本質は伝わりきらず、正しく判定することは難しいと思う。なぜなら、「伝統文化」や「神事」という言葉の重みでバイアスがかかってしまうからだ。

実際、テレビの報道で上げ馬神事の問題について取り上げているのを見たが、コメンテーターからは、伝統文化に過度に配慮した甘い発言しか聞こえてこない。だが出走前、後ずさる馬を氏子が追いかけてボコボコに殴るという、ありのままを映像で見たらどうだろう。それでもなお、同じ感覚で同じ発言ができるのだろうか。そもそもサラブレッドに不向きな急坂を走らせ、馬の能力をはるかに越えた高い垂直の壁を乗り越えろと強いる危険行為は、動物愛護法違反ではないのか。私から言わせれば完全にアウトだ。その上テレビ報道によっては、急坂を疾走し、最後の高い垂直壁を楽々と乗り越える映像が繰り返し流されることに、この神事はまるで安全だと印象形成されているようで非常に違和感を覚える。

失速して坂をずり落ちたり、壁を乗り越えらず胸や腹を打ち付けたり、転倒したりすることの方が圧倒的に多いのだ。この問題は、我々動物愛護団体が過剰に反応しているわけではなく、社会通念として多くの人々が共有しているアウトな感覚であり、許されないという判定なのだ。前回のコラムでは、当協会スタッフが実際に現場に出向き、神事で馬が走る、45度はあるだろうか急勾配の坂道と、越えさせようとする高い絶壁を見て、その感想などを纏めている。その過酷さは、映像や写真で見る以上だという。

700 年ほど前に始まったと推測されている伝統ある神事ということだが、本来は神の乗る馬を奉納するものであったという。いつの頃からか坂を駆け上がる形となり、稲作の吉凶を占うようになったと伝えられているそうだ。本来の上げ馬神事の意味を考えると、神の乗る馬を死なせたり、ましてや暴力を振るうなど、そもそも神事の意味を成していない。しかも、サラブレッドを使う理由は何なのか。人間が求める刺激や楽しみに応じた形と勝手な都合に合わせ、変化したことは明らかである。

三重県の教育委員会は、高まる批判や動物愛護法違反で刑事告発されている事実を踏まえ、事態を重く受け止め8月17日に勧告を出した。2011年に続いて、今回2度目の勧告だ。今回の勧告の内容は以下である。

1.動物愛護管理法を順守し、馬を威嚇する行為などを根絶すること  2.人、馬ともにけがのないよう徹底した安全管理のもとで行うこと 3.実施主体を明確にして、指定文化財としての今後のあり方を検討すること 

これを受け、坂の傾斜を緩めたり飛び越える土壁の高さを低くするなどの改善策を検討しているという報道が8月22日にあった。

勧告内容含め改善策の内容は、甘いとしか言いようがない。1については、「馬を威嚇する行為」とあるが、威嚇どころか、殴る蹴る、竹筒などを使って叩くという暴力である。威嚇という表現だけでは正しくないし、ずいぶん印象が変わる。それでは問題がきちんと世間に伝わらないし、改善を求めるなら、しっかり問題の行為を指摘すべきだ。

2については、安全に行うために明確かつ大幅な改善が必要だ。坂の傾斜を緩めること、そして最終地点にある壁は撤去すること、それは馬に壁を登らせることは習性に反しているからで、土壁の高さを低くするだけでは改善ではない。当協会がアニマルライツセンターと共に三重県の一見知事と田村憲久衆議院議員に届けた要望どおり、馬を使うのであれば障害物である急坂と垂直壁の撤去や走路の改善が必須だ。また馬を適正に扱える専門家の確保と騎手の乗馬能力も問われる。しかし、過去には4頭もの馬が転倒し怪我をして殺処分されたことから、上げ馬神事そのものが動物愛護法違反に抵触すると思われるため、生きた馬を利用するのをやめる代替法への変更を望んでいる人が多い。その声は、地元にお住まいの方々からも当協会に届いている。

そして、3つ目の勧告で驚いたのは、実施主体が不明確だったことだ。それでは責任の所在も曖昧だろうし、リスクに対する管理も希薄だ。もし、「指定文化財として今後も継承していきます」というのなら、実施主体を明確にするのはもちろんのこと、完璧な改善案、または生きた馬を使わない代替案を提示すべきだろう。

多度大社に対し、当協会は改善案と代替案をご説明する機会をいただきたいと8月の頭に申し入れをした。だが、多度大社は改善策のまとめを進めているからその後書面で回答するということで、話し合いの場をいただくことは難しそうだ。

私たちが主催者に伝えたいのは、伝統を継承するためには、時代と人の感覚にあった変化が必要だということだ。そのためには、氏子側の意見だけを聞く中途半端な形だけの改善案ではなく、専門家や動物愛護団体の意見にも真摯に耳を傾け、本気で動物を犠牲にしない神事を目指すべきなのだ。娯楽や興行ではない、上げ馬神事の原点に立ち返ってほしい。(Eva代表理事 杉本彩)

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 杉本彩さんと動物環境・福祉協会Evaのスタッフによるコラム。犬や猫などペットを巡る環境に加え、展示動物や産業動物などの問題に迫ります。動物福祉の視点から人と動物が幸せに共生できる社会の実現について考えます。

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