社説:首相の所信表明 借金財政でも「還元」なのか

 臨時国会が始まり、岸田文雄首相は9月の内閣改造から初めての所信表明演説を行った。

 物価高を乗り越えるため「税収増分の一部を公正かつ適正に還元する」とし、国民負担の緩和に取り組むと強調した。

 だが、直前に与党に指示した所得税減税には直接言及しなかった。懸案の防衛費大幅増に伴う増税の見通しは、曖昧な言い回しとした。

 政権浮揚を狙った「ご都合主義」の発信が目に付き、これでは国民生活の不安は消えない。首相は目指す社会と国民負担の具体像を明らかにし、今国会で徹底的に審議すべきだ。

 首相は、国民への還元とともに「過去に例のない投資減税」など3年程度の集中的な供給力強化を「車の両輪」として、総合経済対策をまとめるとした。

 だが、還元策で検討する所得税減税は、物価高対策としての効果やスピード感を欠くと、与党内でも疑問視されている。恩恵が及ばない低所得層には、別に自治体が実施する3万円給付を後押しするとした。

 そもそも税収増でも歳出に全く足りず、赤字国債で穴埋めしているのが現実だ。既に1千兆円超の借金を抱え、防衛費増を賄う増税や少子化対策の新たな財源確保を行うとしている。一層悪化する財政の健全化に触れず、将来世代につけを先送りする形で「還元」を言うのは矛盾であり、無責任が過ぎる。

 物価高の打撃の大きい低所得世帯や零細事業者への重点支援に絞り込むべきだろう。

 そうした首相の場当たり的なバラマキ策は、国民に見透かされている。与野党対決となった週末の衆参2補欠選挙で、自民党は元々持っていた2議席の一つを失った。

 首相は投票2日前、所得減税の検討指示をアピールしたが、衆院長崎4区は辛勝するも参院徳島・高知選挙区は大差で敗れた。政権発足から2年の「中間評価」とされただけに、大きな痛手である。

 共同通信の出口調査で、無党派層の投票先は野党系が6~8割台を占めた。衆院の解散をちらつかせて政権の求心力を維持するような姿勢が、多くの国民の不信感を招いていることを、首相は真摯(しんし)に反省すべきだ。

 今国会で物価高対策を巡る焦点に浮上した税の在り方は、国や国民生活の根幹に関わる。本来、当面の経済対策とは別に扱うテーマである。

 一方、選挙対策だと政権を批判する各野党も、幅広い減税や給付を求める点は共通している。急場をしのぐ策を競うばかりでなく、これまでの政策の効果を十分に検証しながら、将来にわたる国民の負担と給付の在り方を見据えた論戦を求めたい。

 補選の勝利は野党共闘の有効性を示す結果ではないか。一致点を見いだし、巨大与党に対抗する努力を尽くすべきだ。

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