最も音を書く仕事「編曲」とは?【榎政則の音楽のドアをノックしよう♪】

現代の日本のポピュラー音楽は、「編曲」という仕事が非常に大切です。編曲は、作曲家自身が行うこともあれば、演奏家が行うこともありますが、「編曲家」という独立した職業もあります。 作曲家や演奏家ほどスポットライトを浴びない「編曲」とは一体どのような仕事なのでしょうか。

作詞家・作曲家・編曲家の役割

ポピュラー音楽は、作詞家と作曲家と編曲家によって曲が作られます。その役割を見ながら、曲がどのように作られていくのかを考えてみましょう。

作詞:曲作りの第一歩

歌詞は通常の日本語とは全く違います。通常の会話では、1秒当たり6文字程度話します。しかし、音楽でこのスピードになることは、ラップなど特別なジャンルを除けばほとんど有りません。 そのため、作詞家は少ない文字数の中に、たくさんの意味を詰め込む必要があります。

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また、1番と2番で同じ旋律を使うなら、同じようなリズムと同じような抑揚で、異なる意味を持った歌詞を作る必要があります。 このように、作詞は日本語と音楽を深く理解していないとできない、高度な技術であることがわかります。

場合によっては、旋律を作りながら作詞をしたほうが自然に創作できるということも多いでしょう。ですから、最近は作詞家と作曲家が同一人物であるのがスタンダードになってきたように思います。

作曲:多くの制約の中でインスピレーションを発揮する

作曲とは、基本的に旋律を作る仕事です。書く音符の量としては、A4用紙1枚~2枚程度となります。また、場合によってはコード(和音)や、間奏など、歌以外の特徴的な部分を書く場合もあります。

歌詞が既に出来上がっている場合、作詞家の書いた日本語の抑揚やリズムに合わせて、旋律を作り出します。 また、旋律の動きに歌詞の意味を象徴させることもあります。静かな場面を歌っているのにも関わらず、旋律が上下に激しく動いてしまってはちぐはぐしてしまいます。

また、誰に歌ってほしいか、というのも大切な要素です。誰でも歌えるようなヒットソングを書きたい場合と、技巧派アーティストの真価を発揮させたい場合では、全く違う旋律にする必要があるでしょう。

このような、歌詞やアーティストなどの制約の上で、創造力を発揮させる必要があるのが作曲という仕事です。

編曲:曲を理解し、魅力的に仕上げる

ここまでで、歌詞と旋律が出来上がりました。しかし、作詞家と作曲家という2人の偉大な芸術家が作り上げたものは、A4用紙2枚程度のごく簡素なメモ書きのような楽譜です。これを実際の音にできるように仕上げるのが編曲の仕事です。

現在、演奏や収録がされている音楽は、ピアノやギターの伴奏といった簡素なもの、小編成バンド、オーケストラ、デジタル音楽など様々です。全てに対応できる多才な編曲家もいますし、特定のバンドの専属編曲家もいます。

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いずれにせよ、編曲家は、演奏されるすべての楽器や、電子音楽、音響などの深い知識が必要です。

そして、ある意味最も自由に創作できる仕事かもしれません。楽譜に起こす場合はA4用紙20~30ページになりますし、電子音楽を使う場合は、自由に音色から作ることができるからです。

「成果物の情報量」という意味では、作詞家や作曲家の数倍?数十倍にもなるでしょう。

編曲の責任

これほどの自由さを持っている編曲は責任も重大です。メランコリックな歌詞、ノスタルジーを想起させる旋律でも、ドラムをガンガン叩いてエレキギターをうならせれば、ヘヴィメタルのような音楽にすることも可能です。

なぜなら、長調短調といった調性や、旋律の美しさといった要素を、簡単に破壊してしまうほどの影響力を音色は持っているからです。

「なぜこの曲はこんなにも悲しいの?」と問われた場合、実は歌詞や旋律の問題ではなく、音色が理由だった、ということは良くあります。

曲全体の雰囲気を作り出し、美しい旋律の魅力を引き出すのが編曲家の役割なのです。

もう一つの編曲

ここまでの編曲は「曲の創作」という意味での編曲でした。一つの楽曲を完成させるための過程ですから、作詞家・作曲家・編曲家・演奏家が同一人物だった、ということも最近では普通になってきたように思います。

そして、世の中に発表された曲を、他の演奏家も演奏したい!と思ったら、全く同じ編成のバンドでもない限り、その演奏家のための編曲が必要となります。いわゆる「カバー」です。

コピーのための編曲

このような編曲では、インスピレーションを求められないことがあります。

原曲にできる限り寄せて、全く同じような音楽を創作したいとき、いわゆる「コピー」です。この時は、原曲の音を分解して、それを新しい編成に再配置していくという作業をすることになります。 インスピレーションが必要ないといっても、10人の編曲家が居れば、必ず10通りの編曲が出来上がりますし、実力の差が顕著にでます。

インスピレーションが求められないからこそ、最もシビアな感性が要求されるといっても良いと思います。

価値を新しく創り出す編曲

一方で、独創性を強く求められることもあります。

原曲をコピーしたいという思いから編曲する場合は、原曲が100点であり、それにどのように近づけるか、という発想です。しかし、原曲にはない魅力を見つけ出し、それを表現していこうという編曲があります。

この編曲は非常に面白い仕事です。演歌をボサノバ風にしたり、クラシックをジャズにしてみたりと、様々な可能性があります。

人によっては原曲への冒涜と受け取ってしまうこともありますし、作曲者本人がこんなつもりで書いたわけではない、と不満に思うこともあるでしょう。

しかし、これは私個人の考えですが、このような編曲は、原曲の魅力が失われてしまったとしても、原曲にはない面白さや新たな魅力が発見され、あるいは創り出されているのであれば、とても価値のある仕事だと思っています。

楽器を演奏する人や、歌を歌う人が、魅力的な曲と出会ったら、自分も演奏したいと思うのは自然な欲求です。その時に「そのままコピーできないから多少の改変は妥協しよう」と思うのではなく、「この演奏者には、この曲から新しい魅力が生まれるのではないか?」という編曲ができたら、この仕事には間違いなく芸術としての輝かしい価値が生まれているのではないでしょうか。(作曲家、即興演奏家・榎政則)

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 榎政則(えのき・まさのり) 作曲家、即興演奏家。麻布高校を卒業後、東京藝大作曲科を経てフランスに留学。パリ国立高等音楽院音楽書法科修士課程を卒業後、鍵盤即興科修士課程を首席で卒業。2016年よりパリの主要文化施設であるシネマテーク・フランセーズなどで無声映画の伴奏員を務める。現在は日本でフォニム・ミュージックのピアノ講座の講師を務めるほか、作曲家・即興演奏家として幅広く活動。

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