社説:首相外交 分断を埋める一歩にせねば

 米サンフランシスコでアジア太平洋経済協力会議(APEC)に合わせた「外交ウイーク」が展開され、岸田文雄首相は約1年ぶりの日中首脳会談をはじめ、各国トップと対話を重ねた。

 だが、危機的なパレスチナ自治区ガザ情勢やロシアのウクライナ侵攻に対し、多国間枠組みのAPECは有効な対応策を打ち出せず、米中対立による国際社会の亀裂が暗い影を落とした。

 双方と首脳会談をした岸田氏も、分断を埋める役割や存在感を示せたとは言い難い。

 岸田氏が今回、重視したのが中国の習近平国家主席との会談実現という。共通利益を拡大させる「戦略的互恵関係」を包括的に進める方針を確認した。

 2008年の日中共同声明に明記した両国協力の理念だ。近年の首脳会談では取り上げていなかった「原点」を掲げ直し、関係改善を志向した形だろう。

 中国では不動産不況など経済失速が強まり、さらなる関係悪化と米主導の対中包囲網による日本企業の投資鈍化を避けたい背景がある。

 環境、医療などの「ハイレベル経済対話」開催も合意し、協力できる分野での連携強化は一定の意義があろう。

 だが、東京電力福島第1原発処理水の海洋放出を巡っては、岸田氏が日本産水産物の輸入規制撤廃を求めたが、習氏は「核汚染水」と呼んで批判を続け、平行線だった。

 ただし、「協議と対話を通じて問題を解決する方法を見いだす」方針では一致したという。専門家らの科学的な議論で打開につなげてほしい。

 中国公船による沖縄県・尖閣諸島周辺への常習的な領海侵入、中国での邦人拘束など懸案は山積している。今回の首脳間をはじめ各レベルの意思疎通を重ね、地域の緊張緩和と安定につなげる責任が両国にある。

 一方、日本と米中など21カ国・地域が集うAPECの首脳宣言は、各国の利害対立からガザの人道危機やウクライナ侵略に触れず、世界の失望を招いた。

 米中が台湾情勢やハイテク覇権の争いで味方を増やす綱引きを強めているためだ。日米は、同時開催した対中国の新経済圏構想「インド太平洋経済枠組み(IPEF)」の交渉が妥結に向けて前進したとする。

 ただ、政治色の濃い経済のブロック化が進めば、繁栄と国際秩序の安定を掲げる自由貿易体制を揺るがす。日中の経済関係は強く、紛争や気候変動への国際対処のためにも溝を深めぬ外交力が問われる。

 今回、岸田氏とバイデン米大統領の会談は15分程度だった。ガザの人道状況の改善で一致したとするが、イスラエル軍侵攻による犠牲者増大で後ろ盾の米国にも国際非難が集まる。先進7カ国(G7)議長国として、戦闘停止への踏み込んだ働きかけはできなかったのだろうか。

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