AIに「初の敗北」を喫した音楽プロデューサーtofubeats その瞬間抱いた不安、そして悲観よりも大きい期待感

「人間の創造性は残ると思う。AIに指示するプロンプト(記号や文字)の文章力が問われる時代が来るかもしれない」と語るtofubeats=東京都内

### ■楽曲生成、変わる芸術の価値観

 「AIに初の敗北を喫しました」。昨年6月、音楽プロデューサー・DJのtofubeats(トーフビーツ)は、自身のX(当時twitter)にそう投稿した。音楽配信サービスでお薦めされた曲を気に入って調べたところ、人工知能(AI)が作った曲だと分かり、思わずつぶやいたのだという。「敗北」の真意を聞こうと、東京都内のスタジオを訪ねた。

 都心にほど近いマンション。キーボードやスピーカー、ミキサーなどの機材が整然と置かれた一室で、tofubeatsはPCのモニター画面に見入っていた。AIが搭載されたソフトを使い、制作中のトラック(音声データ)を編集しているという。

 画面上で2本の線が波打っている。各トラックの周波数(音の高さ)を時間軸で表した曲線だ。創作した複数のトラックを混ぜて一つの曲を作るとき、一部で周波数が重なってしまい、音の明瞭さが失われることがある。AIソフトは、瞬時に音が衝突している部分をオレンジ色に表示した。

 一昔前であれば一つ一つ音を聴き分けながら音量や音域などを手動で調整していた。tofubeatsは数種類のAIソフトを使い分け、作業を効率化している。「半日がかりでしていたような作業をAIがあっという間にしてくれる。音楽業界ではこういうAIのポストプロダクション(音の編集・加工作業)的な使われ方はもう普通にされている」と話す。

 「0から1を生み出すためというよりは、自分で作った曲を処理するために使うことが多い」と現状を語るtofubeats。「ただ…」と付け加えて続けた。「ここ1年ほどで明らかに状況は変わってきた。0から1が一気にされ始めた。そのインパクトはかなり大きい」

 

 2023年はAIが生成した音楽が何かと話題になった。4月、匿名のアーティストが生成AIを使い、世界的な人気を誇るミュージシャンのドレイクとザ・ウィークエンドの声を無断で模して楽曲を制作。音楽配信サービスに公開したところ何百万回も再生された。曲はレコード会社によって約2週間で削除されたが、業界に大きな衝撃を与えた。

 tofubeatsはこれまでイベントでAIとDJプレイを競演したり、AIを活用した音楽制作に関するトークセッションに出たりと、AIに関心を寄せてきた音楽家の一人だ。「AIが作っても、それがいい曲ならいいやんって思っていた」

 が、自分が気に入った曲がAI生成だと分かった瞬間。「感動の先に人間がいないことが急に不安になった。まだ心の準備ができていないんだと思い知った」。そしてAIが作った曲を聞き分けられなくなっている現実にショックを受けた。

 はたしてAIが作った音楽に感動できるのか-。人は芸術に触れる時、意識するしないにかかわらず、作品の背後にある人間や時代の存在を感じとるだろう。「そういうコンテキスト(文脈)をすっ飛ばしたものが生まれている。感じ方そのものが変わっていくんじゃないか」。tofubeatsは「AIの普及によって、芸術のパラダイムシフト(規範や価値観の大転換)が起きるかもしれない」と予想する。

 ただ、悲観しているわけではない。むしろ期待感の方が大きい。「テクノロジーの発展は止められない。黎明(れいめい)期や過渡期に不安はつきものだけど、いろんな発見があって面白い。AIと切磋琢磨(せっさたくま)したい」と、AIを活用した新しい表現のイメージも膨らませる。

 「音楽に限らず芸術全般の面白さは、自分という存在の外部化。自分の曲をAIに学習させ、別の新しい曲を提案させれば面白そう。それは曲をたくさん作ってきた生身の人間にしかできないはず」(藤森恵一郎)

     ◇ 【トーフビーツ】1990年生まれ、神戸市西区出身。2013年にメジャーデビュー。プロデュースや楽曲提供、リミックスなどを手がける。森高千里、藤井隆、YUKIらとコラボしている。

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