【タイ】セター政権、日系企業に追風[経済] 梨田大使「次世代の交流後押し」

NNAのインタビューに答える在タイ王国日本大使の梨田氏=2023年12月、タイ・バンコク(NNA撮影)

在タイ王国日本大使の梨田和也氏がNNAの取材に応じ、2023年9月に発足したセター(セーター)政権は日本企業との協力を重視しており、現地の日系企業にとっては追い風になるとの見方を示した。経済を中心とした日タイ関係の一層の強化に向け、年内にセター首相の単独の訪日や両国の外相によるハイレベル合同会議を実現していきたい考え。民間レベルでは、特に若い世代のビジネスパーソンの交流促進を後押ししていくと語った。

——昨年9月にセター政権が発足した。

梨田大使(以下同)「大使館として、5月の総選挙以降は結果の分析や動向に注目し、新政権の方向性を見極めていた。政治的空白が4カ月近く続いたことで、要人の往来や政府開発援助(ODA)などが進まないことは懸念事項だった」

——9月13日にはセター氏と対面で協議した。

「首相府で執務を開始する初日に、オフィスに招かれて会談の機会をもらった。セター首相が対日関係を非常に重視していることの表れだと感じた。首相は12月14~18日の訪日でも、日本の完成車メーカー7社の幹部に直接会っている。これだけ日本企業との関係を重視しているタイの首相は、これまでいなかったのではないか。在タイの日系企業にとっては大きな追い風だと思う」

——前政権との違いを、どう見ているか。

「前政権までは、副首相クラスに経済案件に関するキーパーソンがいることが多かったが、現政権ではセター首相自身がキーパーソンという印象だ。日本の自動車メーカーに対するスタンスが示すように、自らを『セールスパーソン』と位置づけ、投資の呼び込みをリードしようとしているように見える」

——セター首相は就任以降、中国からの投資を誘致しようとする姿勢が目立った。タイでの日本のプレゼンスについて、先行きを不安視する声もある。

「電気自動車(EV)について言えば、わずか1~2年で10%のシェアを取った中国系企業のスピード感は見事であり、世界のトレンドに即したビジネスがタイの政府や企業の関係者に歓迎されていることは間違いない。ただ、タイが中国一辺倒になるとは考えにくい。タイは自動車産業のハブでありたいという願望があり、日本は部品メーカーやディーラー網も含め、半世紀にわたって投資をしてきた実績がある。タイ政府の目標(30年までに自動車生産の30%をEVにする)が実現したとしても、日本の完成車・部品メーカーが重要であることに変わりはないだろう。

セター首相(写真右)は、首相府で執務を開始する初日となる23年9月13日に梨田大使と会談した(在タイ王国日本大使館提供)

一方で、タイ政府が日本企業に対して、動きを速めてほしいと感じていることは確かだ。タイが欧州などへの輸出拡大を目指していくことを考えれば、エネルギーや製造業の分野で、政府が掲げるグリーン経済の発展に日本は積極的に貢献していくべきだと考えている。また、人工知能(AI)や、スタートアップ企業が持つ最新技術を使って日本の企業がタイに貢献していくことは可能だ。大使館としても日タイ企業のマッチングイベントなどを通じて、こうした分野をサポートしていきたい」

■商用ビザ取得免除で成果

——タイでは低成長が続くなかで人件費の上昇や競争の激化など、数年前と比べて事業環境が厳しくなっている。

「賃金はベトナムなどが安いことは事実だろうが、タイが依然として日本企業にとって最大の製造拠点であることは間違いない。一部を除いては、タイを完全に離れる企業は少ないだろう。日系企業のビジネス環境を改善していくべく、タイ政府にはインセンティブや優遇策を適用してもらえるよう、働きかけていく。

また、日本の産品のタイ向け輸出や、訪日旅行者の拡大についても大使館として貢献したいと考えている。タイには日本各地の知事や市長が続々とタイに足を運んでトップセールスを展開しており、地元産品の販路開拓や旅行者の呼び込みを目指している。例えば日本からタイに農産物を輸出する際には、産地の規制などが細かく設定されているケースもある。タイ側と協議し、こうした輸入障壁を緩和することは、大使館の重要な役割だと考えている」

——12月には、タイに来る日本人に対して、30日以内の商用ビザ(査証)取得が免除された。

「2年間の交渉が実った結果だ。免除の期間を15日間にするか30日間にするかで交渉が難航しかけたこともあったが、最後はセター首相自身が訪日前に決断し、交渉をまとめることができた。市場調査や商談会への出席など、短期の商用でタイに来られる日本人の手間は大きく省かれたのではないか」

——24年に大使館として力を入れていきたいことは。

「今回のセター首相の訪日は、多国間会議である『日ASEAN友好協力50周年特別首脳会議』に出席するためだった。24年には、セター首相に単独で訪日してもらいたいと考えている。また、新型コロナウイルス感染症が流行した影響で途切れてしまったが、両国の外相によるハイレベル合同委員会も実現し、主に経済面での協力を強化したい。この他にも各レベルでの交流を促進したい。

民間レベルでいえば、30~40代の若いタイ人ビジネスパーソンに対し、日本企業の魅力を訴求できるよう交流を後押ししていきたい。日本の経済産業省は23年12月に軽井沢で日本とASEANの若手ビジネスパーソンを招いて『ヤングビジネスリーダーズサミット・Z世代ビジネスリーダーズサミット』を開催し、タイからも大手企業の若手幹部が出席した。若いころに日本に留学し、タイと日本のビジネスに関わってきた『第1世代』のなかには、そろそろ引退の時期に差し掛かっている人も少なくない。日本とタイを結ぶ第2世代、第3世代といった人たちとの交流を、積極的に強化していくべきだ」(聞き手:小堀栄之)

<プロフィル>

なしだ・かずや 1960年生まれ。東京大学卒業後、84年に外務省に入省。経済局政策課長や大臣官房会計課長、総務課長などを歴任したのち、2013年より在イラク日本国大使。南部アジア部長(15年~)、国際協力局長(17年~)を経て、19年11月より現職。

© 株式会社NNA