五尺の雪も

 俗謡にある。〈思(おも)て通へば 五尺の雪も えらい霜じゃと 言(ゆ)て通ふ〉。あなたを思って通う道だもの。背丈ほどの雪も何てことないわ。「たいへんな霜ね」てなものよ…。恋心に限るまい。胸に熱い思いが燃えているとき、人は悪路も苦にならない▲九州北部で5尺、1メートル半ほどの雪は、さすがにない。だからこそ、でもあるのだろう。県内ではきのう、慣れない雪に交通の便は乱れ、車は路上で立往生し、タクシー乗り場には長い列ができた▲何センチかの雪で、いつもの道が行く手を遮る悪路に変わる。この冬一番の強い寒気が襲った列島では、5尺の雪が大げさともいえない積雪に見舞われた所もある▲能登半島の被災地では、地震で傾き、傷んだ家屋が、雪の重みで倒壊する恐れもある。大雪は道をふさぐだけでなく、すみかに重くのしかかる。人の心も凍らせる雪だろう▲このところ、厳寒の「きょう」ばかりが伝わるが、いくらか日が差すような「あす」も語られ始めた。石川県の被災地では小中学校が授業を再び始めたという。デイサービスが再開された地域もあり、高齢者に少しばかり日常が戻った▲再生への道には「五尺の雪」が積もっている。一つ一つ「いつも通り」を積み重ね、胸の火に“炭”をくべながら、雪道を「えらい霜じゃ」と進みたい。(徹)

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