なぜ「資本論」を読む? 長崎の書店で読書会 低賃金、高い家賃… 課題多い街で語り合う意味

「資本論」の本を囲み、思い思いに意見を交わす参加者=長崎市出島町、BOOKSライデン

ドイツの経済学者、哲学者のカール・マルクス(1818~83年)が執筆した「資本論」。社会主義国家誕生の契機ともなった本を読み解く読書会が月2回、長崎市出島町の書店「BOOKSライデン」で開かれている。なぜ今、「資本論」なのか探ってみた。

■ 転機
 ライデンは2021年11月に開店。江戸時代、海外との交易窓口だった長崎の「出島」と交流があったオランダの学園都市に由来する。「本」と書かれた小ぶりな看板があるビルの2階に上がると、新刊、古書を合わせて約4千点を取り扱う同店にたどり着く。
 人文系を中心に幅広いラインアップの書棚。「○○主義とは何か?などと、本質を考えられる本を置こうと心がけている。難しい本もあるけど、みんなで面白がれる場になれたら」。店長の前田侑也さん(31)は苦笑する。
 前田さんは大阪府堺市出身。京都の大学に進学し、2年の時、1人暮らしを始めてから本を読み出した。社会学の本を読みあさり「本には考える幅を広げてもらった」と人生のターニングポイントを振り返る。

店長の前田さん。人文系の書籍を中心に取りそろえている=長崎市出島町

 卒業後、IT企業のシステムエンジニアとして働いていたが、どこか満たされず、20年末に辞めた。「心を耕すような文化を提供したい」。学生時代、自分の世界を広げてくれた本を通じて、ものを考える楽しさを誰かと共有したくて、気に入った町に本屋を開こうと決意した。
 旅の途中で宿泊した長崎市のゲストハウス。親切なオーナーに引かれ、その人が住む長崎も好きになった。21年7月に移住し、同11月に店を構えた。
 長崎での暮らしは「めっちゃ幸せ」と語り、「魅力的な建物や風景がたくさんあって、大都市のようにガチャガチャしていない。五感を使って本を読めるフィールドがあり、この町の可能性だと勝手に思っている」。満面の笑みを浮かべ、店でのイベント案を次々と練る日々だ。

■ 議論
 1月6日夜、温かい照明の下、同店で昨年7月から輪読してきた「資本論」(岩波文庫)の1、2巻を振り返る読書会があった。20~70代の7人と前田さんが飲み物を手に、学んできた内容を語り合った。「今の日本社会は資本主義に行き詰まりが生じていない?」「労働者は奴隷じゃないのにどうして過労死してしまうのだろう」-。議論は夜遅くまで続いた。
 同市の会社員、石本梨乃さん(25)は「限定スマートフォンが売れるように、現代において人々は実体ではなく、記号として商品を見ている。読書会に参加し始めてから、自分も商品に振り回されているのではと、俯瞰(ふかん)できるようになった」と胸の内を明かした。
 「『資本論』の読書会はどこでも開けるが、魅力が多い一方で、賃金が低いとか、家賃が高いとか、課題が山積みの長崎だからこそ意味があるのでは。資本主義社会と冷静に向き合うのに、きっと有効な本だ。みんなで楽しく学ぼう」。前田さんは読書会の意義をこう話す。

 同店ではワインとチョコレートを手に本を読む「読書夜会」などのイベント、出張販売、カフェ営業などもある。詳細は同店のホームページや交流サイト(「BOOKSライデン」で検索)に掲載している。

◎「資本論」
 ユダヤ人経済学者、哲学者のカール・マルクスによる経済学書。原書は全3巻で、1867年から94年にかけて発行。唯物史観の立場から資本主義社会について、労働力の商品化を基軸として構造的に解明し、社会主義革命の必然性を主張した。

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