「もっと音楽的に!」と言われるけど「音楽的」って何?【榎政則の音楽のドアをノックしよう♪】

楽器を習っている人なら、「もっと音楽的に演奏しなさい!」と先生に言われたことがあるかもしれません。しかし、「雰囲気は伝わるけど、結局どうすれば良いの?」と思うのではないでしょうか。

今回のコラムでは「音楽的」という言葉を解剖してみたいと思います。

「音楽的」という言葉は教える立場にとって「逃げ」の言葉

まず、いきなり過激な結論から申し上げましょう。

教える場面で「音楽的だ」という言葉に、なんの意味もありません。より正確に言えば、「良い」という意味を曖昧に言っただけの言葉です。

「今のは音楽的な演奏だった」というのは「今のは良い演奏だった」というのとほとんど意味は変わらず、強弱の付け方が優れていたのか、テンポが良かったのか、リズム感に溢れていたのか、具体的なことは何もわかりません。

つまり、「もっと音楽的に演奏するべきだ」という助言は「もっと良い演奏にするべきだ」という意味と変わらず、何をどう直せばよいのかわかりません。

⇒難しすぎる?堅苦しい?ピアニストにとってのバッハ

教える立場の人が「音楽的ではない」という言葉を使うとき、「どうも何かが良くないけれど、それに気付いていないようだから、それを指摘しよう」という意味が込められていることが多いように思います。

習う立場からすれば、自分が完璧な演奏ができるとは到底思っていないため、「音楽的でない」という言葉には反論することができません。

細かな原因を指摘したり、指示を出したりせずに批判でき、言われた側は反論できない「音楽的」という言葉が、結果的に猛威を奮うことになってしまったのです。

かなり悪い言葉として紹介してしまいましたが、前後に原因と指示が付いていればそれほど悪い言葉ではありません。

教える立場としては、 「いまの演奏は音楽的ではなかった。強弱の付け方が足りていない。この音は、前の音にくらべて今よりもっと大げさに表現するべきだ」 のように具体的に指摘したいものです。

意味のある「音楽的」という言葉

「音楽的」という言葉は「良い」とほとんど意味が変わらないと述べましたが、意味がある場合もあります。

たとえば、次のような指摘は高度で抽象的ではありますが、とても意味があります。

⇒ベートーヴェンが「自由」を求め、表現した「交響曲第九番」

「この旋律は、音楽的というより、物語的に演奏するべきだ」 「あなたの演奏は説明的だ。もう少し音楽的な演奏のほうが良いのではないか」

「音楽的」という言葉を他の「~~的」という言葉と並列させて使う場合は、「音楽的」という言葉の正しい使い方です。「良い・悪い」以上の意味がある言葉だからです。

上で挙げた「物語的」「説明的」の他にも、「絵画的」「文学的」「考古学的」など様々な言葉と並列させることができます。

しかし意味があるとはいえ、あまりにも抽象的すぎるので、こんなこと言われても演奏にどう活かせばいいのかわからない、となってしまいますね。

「音楽的」という言葉の真の意味を探る

習う立場として、「もっと音楽的に演奏しなさい!」と指摘されたとしても、「つまり結局どうすれば良いのですか?」と質問をできる人はあまり多くないかもしれません。

そこで、もう少し「音楽的」という言葉の解像度を上げる試みをしてみましょう。

「音楽的」という言葉を使うとき、「表現」と「テクニック」を二元論的に考える場合が多いように思います。

そして、ここでの「表現」は「強弱・リズム感」のことで、「テクニック」は「速く大きな動きを、均等に安定した音色で正確に演奏する技術」のことです。

「音楽的でない」といったとき、「あなたにはテクニックがあるにもかかわらず、表現を考えていない演奏になっている」という意味を伝えたいのだと思います。

そこで、「もっと音楽的に演奏しなさい!」の意味を、「あなたのテクニックの範囲で、表現に意志をもって演奏しなさい」と置き換えてみましょう。

もっと具体的に、「あなたにできる範囲で、音の強弱、リズム感、音色、などを考えた演奏にしなさい」と置き換えてもよいです。

表現力に優れた演奏の基本は「旋律が、人間の呼吸や声にとって自然である」ことです。

そのような演奏にするためには、旋律の中に適度に息継ぎの間があり、抑揚があることが大切です。演奏者である自分の呼吸を、旋律としっかりシンクロナイズさせると良いでしょう。

前後の二つの音を違う音にするだけで良い

最も単純に表現力が豊かな演奏にする方法は、「前後の二つの音を違う音にする」ことです。

たったこれだけのことで、目に見えて演奏が変わるでしょう。

二つの並んだ音を、「だんだん大きくする」「だんだん弱くする」「一つ目を長く、二つ目を短くする」「一つ目を緊張感の高い音、二つ目のやわらかい音にする」など、かならず変化を持たせてみましょう。

これには二つの効果があります。

・音をコントロールする感覚を掴める 前後の音で何かを変えよう、と思っただけで、全ての音に意志を持って演奏する必要が出てきます。

こうすることで、ただ音をなぞっていた演奏から、「こういう音で弾く!」という意志が込められた演奏になります。

こうして、細かい音に至るまで、全ての音をコントロールする感覚を掴むことができます。

・単調な演奏にならない 単調な演奏は、聞いていて疲れてしまいます。変化と抑揚がついている演奏は集中して聞いていても、聞き流していても心地よいものです。

とくに「方向性を持つ」ことが大事です。

「1小節間だんだん強くし続けたら、次の小節ではだんだん弱くする」といったように、方向性がわかりやすい演奏は聞いていて心地よいものです。

「前後の二つの音を違う音にする」というのは単純なようですが、これだけで演奏が一気に引き締まりますので、ぜひ試してみてください。

音楽的という言葉を言い換えてみよう

音楽を続けていると、便利なのでつい「音楽的」という言葉を使いたくなってしまいます。実際に、この言葉は上級者好みな風潮があるように思います。

しかし、「音楽的」という言葉に出合ったり、使いたくなったときは、できるかぎり他の言葉で言い換えられないか、考えてみましょう。

音楽とはなんなのか、という問いに向かいあうことができるようになりますし、また演奏の改善の筋道もより具体的に見えてくることでしょう。(作曲家、即興演奏家・榎政則)

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 榎政則(えのき・まさのり) 作曲家、即興演奏家。麻布高校を卒業後、東京藝大作曲科を経てフランスに留学。パリ国立高等音楽院音楽書法科修士課程を卒業後、鍵盤即興科修士課程を首席で卒業。2016年よりパリの主要文化施設であるシネマテーク・フランセーズなどで無声映画の伴奏員を務める。現在は日本でフォニム・ミュージックのピアノ講座の講師を務めるほか、作曲家・即興演奏家として幅広く活動。

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