佐世保の直木賞作家・佐藤正午さん 「冬に子供が生まれる」刊行 7年ぶり長編に手ごたえ【インタビュー】

 2017年に第157回直木賞を受賞した佐世保市在住の作家、佐藤正午さんが、7年ぶりの長編となる受賞第1作「冬に子供が生まれる」(小学館)を刊行した。「今年の冬、彼女はおまえの子供を産む」-。男のスマホに届いた身に覚えのないメッセージから始まる不思議な物語。練られた展開と巧みな構成で読ませる新作を書き上げた佐藤さんが1月下旬、長崎新聞のインタビューに応じ「今までのベストかベスト2(の作品)」と手応えを語った。
 佐藤さんは1955年同市生まれ。83年「永遠の1/2」で第7回すばる文学賞を受賞しデビュー。ベストセラーとなった「ジャンプ」(2000年)、ドラマ化された「身の上話」(09年)など多数の作品を世に送り出し、15年に「鳩の撃退法」で第6回山田風太郎賞受賞。直木賞を射止めた「月の満ち欠け」では卓越した文章の力が高く評価された。

■男同士の友情
 本作は少年時代にある体験を共有し、30代後半の現在は音信不通になっていた「丸田君」ら親友3人の過去と現在を軸に展開。奇妙なメッセージが届いた7月の雨の夜から、丸田君の脳裏に過去の記憶の断片がよみがえってくる。3人の同級生だった女性とその母親、恩師らが絡み、それぞれの数奇な半生が徐々に明かされていく。
 本作は直木賞受賞の翌年ごろから執筆を開始。題材として着想したのは「男同士の友情」と言う。「ベタな友情ではなくて、よくある小学校時代の幼なじみの変遷。だんだん疎遠になって、懐かしい友達は今どうしているんだろう、となる。別に一生会って話さなくても大丈夫だけど、たまに思い出す友達とかいますよね」
 さらに「もう一つは、そこに女性が1人入ってきての三角関係。夏目漱石の『こころ』ですね。(親友3人のうち2人と女性との)3人の関係を、最初は特に意識して書いていた」と振り返った。

■予想外の展開
 物語は現実とも夢とも区別がつかないような予想外の展開を見せ、不穏な空気の中で謎が深まっていく。「書き出すと、いろんな材料が向こうからやってくるみたいな感じになるんです。これは使えるな、使えないなっていうのがあって」と発想の一端をうかがわせた。
 一つの作品を毎日少しずつ書き継いでいくスタイル。「少しずつ前進するんじゃなく、それこそ3歩進んで2歩下がって、また下がって読み返して。本当にじわりじわりと(書いていく)。すらすら書けるんじゃないかと思うかもしれないけど、不器用なので」
 そうして出来上がった本作だが、意外にも「『鳩の撃退法』の時みたいな『これはいけるぞ』という手応えは途中までなかった。つらかったといえば、つらかった」と打ち明ける。

■ウェブ連載に
 そこで取った解決策は、22年にいったんほぼ書き上がった作品をウェブ雑誌で連載しながら推敲(すいこう)していくという手法だった。この間の経緯は昨年末刊行された佐藤さんのエッセー「書くインタビュー6」(小学館文庫)にも詳しい。「本当にすがりつくような気持ちで、とにかく誰かに読んでもらおうと。それで、そうかこれは違うなと気付いたりした」と述懐。
 結果、最初に書き上げた作品とは「かなり違う」仕上がりに。「基本的な流れは同じだが、いろんなことを付け足したり削ったりした。1回書いたものをごっそり削るのは過去一度もない」と話す。
 12章構成だが「最初のプロットは11までだった」。最初の作品には存在せず、連載の結果加わった終章は謎を残しつつも、心中の霧が晴れるような読後感をもたらす。当初はなかったという「手応え」について尋ねると「今までのベストかベスト2くらいですかね。『ハトゲキ』とどっちか」と自信をにじませた。

■佐世保で40年
 今年は作家生活40周年。待望の新作長編に加え、年末には09年の25周年時に出版されたファン必携のバイブル本「正午派」(小学館)の40周年版が文庫で刊行される予定。過去作の復刊や新装版発売もあると言う。「1月にこれ(本作)を出せて12月も『正午派』で締められれば完璧だと思う」と笑顔。
 デビュー以来、一貫して佐世保で書き続け、現在も文芸誌「小説野性時代」(KADOKAWA)で「熟柿(じゅくし)」を連載中。取材の最後に「他に書いてほしいことはありますか?」と聞くと、「佐世保という土地に深い愛着を持っている。(記事では)そこら辺を外さないでね」と、ちゃかしながらも深い郷土愛をにじませていた。
 「冬に子供が生まれる」は1980円。

「冬に子供が生まれる」の表紙

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