「スマホ買って」
1月上旬。県東地区の中学1年、優(まさる)君(13)=仮名=が、母親の陽佳(はるか)さん(51)=同=にぽそりとつぶやいた。
「分かってるよ。無理なんでしょ」
話を切り出したものの、引きは早い。最近増えた、恒例と言ってもいいくらいのやりとりだ。
自分のスマートフォンを持っていないのはクラスで優君一人という。普段は陽佳さんのスマホを借りてゲームなどをしている。学校でスマホゲームの話題が上がることは多く、友達付き合いのためにも必需品だ。
でも、厳しい家計の状況を認識しているから、陽佳さんを困らせる前に聞き分けを良くしている。
◇ ◇
優君はトラック運転手の父親(51)と陽佳さん、小学5年の弟(11)と4人で暮らしている。
両親はもともと共働き。陽佳さんは病院の医療事務職や介護施設職員として働いていた。
8年前、陽佳さんに大腸がんが見つかった。転移もあるステージ4。すぐに手術を受けた。
体調を考慮し、陽佳さんは拘束時間が短いデイサービスの送迎に仕事を切り替えたが、その後も検査でがんが見つかり、とても働くどころではなくなった。
父親は懸命に仕事をしていたが、一家の生活は途端に苦しくなった。収入減や住宅ローンの支払いに加え、抗がん剤治療や入院、2021年までに4度に及んだ手術の費用。
「私ががんになって家族に迷惑をかけている」
そう気を病んだ陽佳さんは、経過観察のための3カ月に1回の血液検査と半年に1回のコンピューター断層撮影(CT)検査を先延ばしにし、1回当たり数千円から1万円弱の検査費用を生活費に回したこともある。
家の中では冷暖房を極力使わず、食費も節約。それでも家計はうまく回らず、地元の社会福祉協議会から資金の貸し付けも受けた。
◇ ◇
優君は成長する中で、家の事情をいや応なく察することになった。自然と我慢することが当たり前になった。
中学校入学後も、小学生の時に使っていた上履きをそのまま履いた。サイズがきつくなっても、かかとをつぶしてやり過ごした。穴が空いた部分は補修テープでふさいだ。
洗濯のため自宅に持ち帰った際、陽佳さんが「新しいのを買わなきゃね」と伝えても、優君は「平気。まだ大丈夫」と繰り返す。
スマホでなく上履きなら、「買って」と言えば新しいものが手に入ることは分かっているが、結局小さくなった上履きを2学期の途中まで履き続けた。
どうして? 記者の問いに淡々と答えた。
「買うと高いからもったいない。使えるところまで使おうと思った」