落とし物が過去最多

 ロンドン五輪の競泳で銅メダルを取った寺川綾さんが、先日のテレビ番組で打ち明け話をしていた。新幹線にメダルをキャリーケースごと置き忘れたという▲頂き物の豚まんを持ち帰るのに気を取られて…と笑わせていた。遠い記憶をたどれば、ソウル五輪の金メダリストも公衆電話ボックスにメダルの入ったバッグを置き忘れて話題になった。どちらも無事に戻ったが、携える物がどんなに貴重でも、人には常に「うっかり」が付きまとう▲その「うっかり」が社会に拡散しているのかどうか。昨年、全国の警察に届けられた現金以外の落とし物は2978万点を超え、過去最多だった▲落とし物の内訳を見れば、ワイヤレスイヤホン、持ち運び用の小型扇風機、加熱式たばこ…。電化製品が小型化し、見失うことが増えたとみられる▲拾われた現金の額も最多だが、これも現金を使わない決済が広がり、お金が残ったまま財布を落とす人が増えたためらしい。現代的な生活が、どうやら「うっかり」を誘っている▲谷川俊太郎さんの詩「かなしみ」は、忘れかけていた志や思いを落とし物に例えている。〈あの青い空の波の音が聞(きこ)えるあたりに/何かとんでもないおとし物を/僕はしてきてしまったらしい〉。「記憶」という落とし物は自分で拾うしかないのだろう。(徹)

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