妻でもない、ママでもない「お母さんにも自分の人生がある」ことを伝えて。キャリアコンサルタントが語る就活で迷走する子どもたち

国家資格キャリアコンサルタントの塚本智美さんは、約7年前から大学生の就活支援を行っています。学生の前で講義をしたり、就活面談をしたり、そんな現場で感じるのは「幼児期から子どもに“働くって面白いよ”と、伝える重要性」です。前回はその理由とともに、親がイキイキと仕事をする姿を子どもに見せることは、子どもの“キャリア教育”の礎になると熱く語ってくれました。今回は日常生活でもできる“キャリア教育”の実践編となります。

「報酬制おこづかい」「月1回渡す」はNG⁉ 4歳から始めるおこづかい。「娘は2歳から始めました」というFPが、子どもが成長する“金銭教育”を教えます【後編】

前回のおさらい【そもそもキャリア教育とは?】

キャリア教育とは、簡単に言うと“将来に向けて夢をもち、やりたいことを見つける教育”のこと。例えば営業、事務、パイロット、看護師などの職業だけではなくて「国際交流したい」「病気で困っている人の力になりたい」など、です。

実は文科省は小中高生の子どもたちに向けて、キャリア教育を推奨しています(※参照)
昨今、多くの若者たちが働くことに意欲が持てず、離職を繰り返してフリーターやニートに……という社会問題を踏まえて、政府がキャリア教育に乗り出しているのです。

塚本さんも「大学生の就活支援の活動をする経験から、“幼児期から始めるキャリア教育の重要性”を感じています」と、言います。

※参照:文科省「キャリア教育推進の手引」

楽しく仕事をする姿を、子どもたちに見せていますか?

親なら「子どもには好きな仕事に就いてほしい」と願います。そのためには勉強も大事ですが、塚本さんは「親が普段から“仕事って楽しいよ”と、使えることが重要ではないか」と、感じるそうです。なぜなら、子どもたちが抱く“仕事のイメージ”=“親が働く姿”だからです。

「これまで就活相談では、たくさんの大学生と出会ってきました。アグレッシブに活動する学生もいる一方で、どんなにアドバイスをしても働くことに前向きになれない学生がいます。彼らは“働くことは苦行”として『重要なのはお金、福利厚生、プライベート』と言います。間違ってはいませんが『やりがいとか挑戦とかは不要』とまで言います。理由をたずねると『親がいつもそう言っている』と。

親が家庭で仕事の愚痴や不満をもらす行為が、“仕事ってネガティブ”と、子どもに植え付けてしまうのです。その逆に、親がイキイキと働く姿を見せることは、子どもたちが“夢をもって仕事に就く”という大きな礎となるのです」と、教えてくれました。

幼児期に種をまき、小学生で世界を広げて、中高生で挑戦させる

前回は、学生さんとのエピソードを交えて、親の働く姿や生き方、さらに日常の何気ない会話や関りが、子どものキャリア教育に大きく影響するというお話を紹介しました。
今回は実践編です。日常生活でできるキャリア教育について、塚本智美さんに聞きました。

【幼児・小学生からおすすめ】テーマパークなどで「どんな仕事があるかな」と、観察する

娘さんとの野球観戦。「職業観戦にも熱が入り、ほらあそこ! あっちにも! なんて言いたくなりますが、ほどほどが大切」だそうです

「大人気テーマパーク『キッザニア』の世界観はよくできていると思います。お仕事体験はワクワクします。そこで日常ではもっと踏み込んでほしいのです。

私は子どもと一緒にレジャー施設やスポーツ観戦などへ出かけた際には、『どんな仕事があるのか、探してみよう』と、問いかけます。

テーマパークなら乗り物に案内する人、掃除している人、飲食店で料理を作っている人、ダンスをしている人……などなど。もっと観察すれば、ダンサーさんの衣装を作っている人、おみやげのグッズを考える人、機器のメンテナンスをする人、などなど発見が広がります。
テーマパークはたくさんの仕事で成り立っているひとつの組織である=社会の縮図を感じさせることができます。

また、スタッフさんとのやりとりで感動した際には『すごいね、お客様がこうしたら喜んでくれると、いつも考えているんだね』として、『仕事とは人の役に立つこと』ということを、さりげなく教えるのもおすすめです。

ただ、私はお出かけのたびに『ここではどんな仕事があるかな?』をやりすぎて、娘から『またやるの?』という、冷やかな視線を浴びるようになってしまいました(反省) 子どものウキウキ気分に水をさすことがないよう、ほどほどがおすすめです」

【小学生からおすすめ】「人の役に立つ」経験をさせる

「学校ではさまざまな係があります。本が好きだから図書係、動物が好きだから飼育係など、人気の係がある一方で、めんどくさい、やることが多い、など嫌われる係もあります。子どもは(大人もそうですが)その係になると損した気分になることがあるようです。
なので是非、係の仕事には『誰かの役に立つ』という視点があることを、気づかせてほしいのです。

『めんどくさいけど責任ある係だよね。あなたが準備したから、〇〇がスムーズにできるのだもの』と、声かけがおすすめ。仕事とは『人の役に立つ』ことです。『人の役に立ってうれしい』という気持ちを芽生えさせることが、キャリア教育では重要となるからです」

【中高生からおすすめ】「自分で選択する」「挑戦する」を尊重。レールを敷きすぎるのはNG。

「経験値の浅い子どもにかわって、親が人生の選択についてアドバイスをすることは良いことだと思います。でも普段はできるだけ、子どもが『こうしたい』『挑戦したい』と、言うことは、たとえ“失敗する”とわかっていても尊重してほしいと思います。

ある就活生から『エントリーする企業がわからない。夢なんてないから選べない』と、相談されたことがあります。これまで習い事も受験校もすべて親が決めたので、自分で決めた経験がないそうです。親の選択肢はすばらしく、失敗のないおだやかな人生だったのでしょう。おかげで自分の選択に自信が持てず『今さら失敗したくない』『挑戦が怖い』と、言うのです。

しかし大学の就職活動ではひとり30社エントリーは普通であり、なかには100社という学生もいます。第一志望の企業から内定をもらえる学生はほんのひと握り。挑戦が怖い、失敗したくない、なんて言ってはいられません。
子ども時代から挑戦することを経験させ、かすり傷程度の失敗ならどんどんさせるべきと私は感じています」

【高校・大学生からおすすめ】バイト先がどんな会社か調べてみる

「早い子は高校生からアルバイトを始めます。ファストフードやファミレスなどの飲食店、コンビニやスーパーなどの小売業が多いと思いますが、子どもがバイトになじんだ頃に『バイトをしているところって、どんな企業か調べてみたら?』と、こそっと言ってみてください。

『親会社はここなのか』『あの企業ともつながっているんだ』『今はこんな事業展開をしているんだ』など、さまざまな発見があります。そこから正社員とバイトの違いはどこなのか、本部から来る人と店長の仕事の違いは何なのかを社員の方に聞いたり、バイトのマニュアルに不満があるのなら解消する良い手段はないのか、など探究することをすすめてみてください。

色々と実践方法を述べましたが、大切なのは子どもの『視野を広げること』。すると自然に好奇心が刺激されて『探究心』が芽生えます

探究心が強い子は就活にも強いです。探究心をどんどん刺激させましょう

【番外編】「もっと探究心があれば」と、感じたある就活生のエピソード

全国で250回以上、のべ約20万人の学生が参加するキャリタス就活フォーラムで講演する塚本さん

※以下のエピソードは、よくある事例をもとにしたフィクションです。

「ある学生が、エントリーしたい企業の一覧をもってきてアドバイスを求めてきました。そこには異業種の企業名がずらりと並んでいます。選んだ理由を尋ねると

『音楽ホールを所有する企業です』

その学生は幼い頃から楽器を習っており、本来は音大を希望していたそうです。しかし親から『食べていけない』として反対され、世間的には優秀と言われる今の大学を選びますが、どうしても夢を捨てきれず、せめて演奏や公演に携わる仕事をしたいと言うのです。

私は困惑してしまいました。いずれも就職難易度が高い人気企業で、志望理由が『音楽ホールがあるから』というだけでは難しい。奇跡的に内定をもらえても音楽ホールに配属される可能性は低い。音楽関係の企業でバイトやインターシップをしたり、劇場運営などのマーケティングの授業を受けていれば、もしかしたら可能性はあったかもしれませんが、そういった経歴もありません。

彼が探究心をもち学部やインターシップを選んでいたら、また親の反対を説得するほどの意志の強さがあれば、違ったのかもしれません。そして親もただ反対するのではなく、『音楽のどういうところに興味があるのか』を一緒に考え、本人が納得する進路を選ぶ支援が出来ていれば……と、思わずにはいられませんでした」

探究心の強い子が就活にも強い理由

「就職難易度の高い業界のひとつに食品メーカーがあります。理由は就活を始める時期として、企業名が“身近な存在”だからです。就活生は『とりあえずエントリーしておくか』となるようですが、倍率は200~1000倍。“とりあえず”エントリーした学生は面接すらたどりつけません。

強いのは、やはり探究心の強い子です。

前回も書きましたが、海外でフェアトレードの活動をしたり企業とのコラボショップを開店させたり、就活のエントリーシートに書ききれないほどの活動をする学生もいます。さらにインターシップやアルバイトで、マニュアルを改善するなど結果を残した学生たちは、やはり企業側も興味を示します。

一方で前述したように、『働くことは苦行』として、条件しかみないで活動を続けた結果、就活に最後まで迷走する学生がいます。

同じ学生なのになぜこんなにも違うのだろうと観察すると、私は親を筆頭に周りの影響が大きいと感じます。中でも感じるのが母親の存在です

母でもない、ママでもない「お母さんにも自分の人生がある」ことを知らない子どもたち

塚本先生には10歳の娘さんがいます。「私も家庭で仕事の愚痴を言いたくなります。けれども仕事のやりがいや楽しさを、ちゃんと伝えることをおろそかにしてはいけないと痛感します」

「これまで就活相談でさまざまな学生と話をしました。
母の背中をみて『何事も努力すれば成し遂げられる』という学生もいれば、『私の母は何もできないんです』という学生もいました。

後者の学生の話をよくよく聞いていると、『お母さんの人生を知らないのではないか』と感じることがあります。正確に言うと『お母さんが自分の人生を子どもに伝えていない、見せていない』と、感じるのです」

キャリア教育とは、人生をどう生きるかを学び、探究すること

「世間一般は『キャリア』といえば『仕事』であり、『キャリア教育=就職のための教育』というイメージが強いと思います。

私も以前はそう感じていましたが、今は『キャリア』とは『人生そのもの』であり『キャリア教育=人生をどう生きるか、を学び探究すること』と、感じます。

なので自分のことを二の次にして、家族に尽くす母親業も立派な生き方だと私は感じるのです。

実は私にも専業主婦の時代があります。不器用な私は家事が大の苦手でした。
どのくらい苦手かというと、コロナ禍で娘の授業がオンラインになったときの話です。私が作る適当な昼食を連日食べる娘がある日『給食もデリバリーしてくれたらいいのに』と、ボソッ。私は怒るどころか『私の分もデリバリーしてくれたらいいかも』と、思ったほどです(笑)

家事は終わりがないと言いますが本当にそうで、それこそ私には苦行のような日々でした」

「家事や子どもの世話をして、節句やイベントのたびにお祝い料理を美しく作る専業主婦も立派な仕事。私は専業主婦を極めることはできなかった」証拠としてブログに載せた、塚本先生曰く「私のみずぼらしい恵方巻」

「前回も書きましたが、池上彰さん(監修)の『なぜ僕らは働くのか』では『社会はパッチワークの組み合わせ』と表現しています。自分たちの生活は誰かの仕事に支えられているパッチワークのようなもの。自分はどのパッチワークとなって社会に貢献できるのか、仕事とはそういうものと説いています」

働くことは、自分の興味があることや出来そうなこと、得意なことで社会の役に立つこと、と考えたら、仕事も人生も楽しくなるはずです。その興味が『音楽』ならば、表舞台に立つ『演者』もあれば、誰かと一緒に曲をつくりあげるなど裏方だってあります。

家事も、家庭を小さな社会に見立てれば、立派な仕事であり、キャリア(人生の一部)なのです。

大事なのは母親が『自分自身の人生を、自分の意志で生きている姿』を見せること。そこから子どもたちは『人生って、楽しいんだ』と、感じることができ、“将来に向けて夢をもち、やりたいことを見つける”という、礎となるのです」

塚本智美

PROFILE)
幼少期に種をまき、小学生で世界を広げて、中高生でいろんなことに挑戦し、大学生で大きく飛躍する「花さく共育」代表。国内大手航空会社客室乗務員として14年間勤務したのち、国家資格キャリアコンサルタントの資格を取得。大学キャリアセンターにて大学生の就活支援、キャリアデザイン講義などを行う経験から「幼少期からの積み重ねの重要性」を実感。研究者や大学教授による小学生のためのオンラインワークショップ「たねまきめぶき」の活動ではキャリアの先生として特別参加しています。JCDA認定キャリアデベロップメントアドバイバー、2級FP技能士、マナー・プロトコール検定準一級。プライベートでは10歳の娘さんがいます。

花さく共育

大学生就活支援の現場から感じる子育てヒントを保護者に伝えたい

たねまきめぶき

取材・文/川口美彩子

※この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
※記事の中の就活生のエピソードは、よくある事例をもとにしたフィクションです。
※記事の内容は2024年3月の情報で、現在と異なる場合があります。

© 株式会社ベネッセコーポレーション