タイ生まれのポピュラー音楽「T—POP」が、日本をはじめとしたアジア圏で広がる兆しを見せている。ビジネスチャンスが期待できると大手もコンテンツ制作に乗り出し、今春、東京で開催されたT—POPのイベントも盛況だった。タイ政府はソフト産業の振興を政策の柱の一つに掲げており、ドラマに続くヒットジャンルとして期待を寄せる。
今年4月、新宿・歌舞伎町のライブハウスで、人気のT—POPアーティスト4組が出演する本格的なショーケースが開催された。アイドル「AKB48」の海外姉妹グループの運営をタイなどで行うマネジメント会社Superball(東京都港区)の主催で、1,500人収容の会場は幅広い年代の観客でにぎわった。
イベントプロデュースを務めたSuperballの寺田成昇・代表取締役は会見で「タイのエンターテインメントというと日本ではドラマが人気だが、複合的なプロモーションが必要だと考えた」と開催の経緯を説明。タイは他にも、観光、食べ物、化粧品など複合的な魅力があるとして、ビジネスチャンスの広がりにも期待を寄せた。
ここでいうドラマとは、男性同士の恋愛を描いたボーイズラブ(BL)作品。新型コロナウイルス禍の巣ごもり需要で人気に火が付き、日本などでタイのソフトパワーが注目されるきっかけとなった。ショーケースの会場にいた日本人女性も「BL作品をきっかけにT—POPを聞くようになった」と明かす。
T—POPシーンをけん引するのは、華やかさを売りにしたアイドル系グループだ。韓国や日本で流行中のアイドルオーディション番組がタイでもブームで、人気グループが続々と誕生している。
この時流に目を付けて、東南アジアの電子商取引(EC)大手ラザダ(本社シンガポール)はタイのテレビ局とタッグを組みオーディション番組を制作。中国のIT大手・騰訊控股(テンセント)は「アジアのガールズグループ」をコンセプトに、タイでオーディション番組「CHUANG ASIA」を制作した。インターネット回線を通じたコンテンツ配信などでタイ国外で視聴できる番組もあり、T—POPの認知度向上に貢献していると考えられる。
■ソフトパワーでGDPアップ
この盛り上がりをタイ政府も好機と捉えている。芸術や文化などのソフトパワー振興のために国家ソフトパワー開発委員会(NSPDC)を設置。成長性の高い分野のソフトパワーに焦点を当てる「タイ・クリエーティブ・コンテンツ機関(THACCA)」も新たに立ち上げた。
在東京タイ大使館などが主催し、5月11、12日に東京・代々木公園で開催された「タイフェスティバル東京」でも政策を反映。「タイ・エンターテインメント」をテーマに20組以上のアーティストを招いた。プムタム副首相兼商務相もイベントに合わせて来日し、開会式でソフトパワー振興の姿勢を示した。
先だってタイ文化省が作成した「ソフトパワー開発計画(2023~27年)」では、ソフトパワー関連のグッズ・サービスの国内総生産(GDP)への寄与度を8.9%から15%に押し上げる目標を発表。産業振興のため人材育成に力を入れていく方針も盛り込んだ。
■キャッチーな楽曲・ダンスで訴求
韓国発のK—POPがアジア市場を席巻する中、存在感を強めているT—POPの「らしさ」とは何だろうか。
「タイ人は恋愛をテーマにした歌が大好き。T—POPにもそれが反映されていて、恋の感情や切なさをストレートに表現した歌詞に特徴を感じる」と語るのは、前出のショーケースで司会を務めた伊豆田莉奈さん。
17年にAKB48からタイ・バンコク拠点のBNK48に移籍し、現在は北部チェンマイ拠点のCGM48で支配人兼メンバーとして活躍している「タイ通」だ。「メロディー的にはTikTok(ティックトック。中国系動画投稿アプリ)ではやりそうなキャッチーな楽曲が多く、ダンスもまねしやすいものが中心という印象」と分析する。
一方、タイや日本をはじめとしたアジアのポップカルチャーを研究する青山学院大学総合文化政策学部のヴィニットポン・ルジラット助教は、日本での状況について「地盤をじわじわと作っている段階。交流サイト(SNS)などを通じ大ヒット曲が生まれるかが今後の成長の鍵」と分析する。
「課題はタイとのファン文化の違い。イベント中の撮影など、タイでは許可されていることが日本では禁止で、ファンが不満を抱くといった摩擦がすでに起きている。将来、固めた地盤を維持するためには、グローカリゼーション(グローバル要素と地域性の融合)が不可欠だ」と語った。