全仏オープン初出場で2回戦進出の内島萌夏!世界2位に敗れるも「こんなに充実した1カ月はなかった」と手応え<SMASH>

思えば、テニス四大大会「全仏オープン」のセンターコートに至る彼女の旅は、欧州の“交通の要衝の町”として知られる、スペイン・サラゴサの赤土から始まっていた。

約6週間前の4月上旬――。ITF W100大会出場のためサラゴサを訪れた内島萌夏は、ドロー表の第1シードの隣に、自分の名前を見つけた。普段は、自分でドローを見ることのない内島だが、この時はコーチのいない一人旅。仕方なく自分で見ただけに、受けた衝撃も小さくなかった。しかも第1シードのアランチャ・ルス(オランダ)は、昨年の全仏オープン予選決勝で敗れた、因縁の相手でもある。

ただ、「負けても仕方がない」と割り切れたことが、結果的にプラスに働いた。実際に試合では、第1セットを1-6で取られ、第2セットも2-4のサービスゲームでブレークポイントまで追い詰められる。それでも、「頭がすっきりした状態で挑めていた」という内島は、そこから大逆転劇を演じた。いわく、勝因は「悪い中でも、勝ち方を見つけられた」こと。そして、「それが自信になり、そこから良くなっていった」……とも。

53位のルスを初戦で破った後、内島は一つのセットも落とすことなく、サラゴサ大会を制する。そこから日本へと移動し、ハードコートのITF W100の安藤証券オープンに出場。

クレーからハードへのサーフェスチェンジ、まだキャリアで勝ち星のない有明コロシアムの高速コート、そして、所属先が冠スポンサーを務めるがゆえの責任感――。

ただでさえ重圧がかかる状況に加え、内島が初戦で当たったのは、齋藤咲良。日の出の勢いでランキングを駆け上がる、怖いもの知らずの17歳である。「絶対に負けたくない」の思いが、内島の双肩にのしかかった。
第1セットを失い、第2セットでも先にブレークされたのは、そのような内的要因が大きかっただろうか。ただここでも、彼女は「勝ち方」を見つけた。結果は、3-6、7-6(5)、6-2。

「日本人と日本での対戦。しかも相手は失うものがない。正直、やりたくない相手」からつかんだ逆転勝利は、彼女にとっての、もう一つのターニングポイントだった。

安藤証券オープンは3回戦で敗れたが、この後、内島は岐阜のカンガルーカップ(W100)、翌週のスロバキア(W75)、そしてマドリード(W100)をも制する。そうして休みなく駆け込んだ全仏オープン予選でも、3連勝で本戦の切符をつかみ取った。

さらには本戦初戦でも、同じく予選上がりのイレーネ・ブリージョ・エスコリウエラ(スペイン)に6-1、6-1で完勝。19に伸びた連勝街道は、ついには全仏オープンのセンターコート、“フィリップシャトリエ”へと至った。
世界最高のクレーコートで内島が、ネットを挟み相対したのは、世界2位のアリーナ・サバレンカ(ベラルーシ)。今年の全豪オープン優勝者であり、昨年9月には世界1位にも座した、トップ中のトップ選手だ。

キャリア2度目のグランドスラム本戦で、センターコートに立てる選手は、幸福だ。同時に、高揚感や緊張に押しつぶされ、思うように動けぬ選手も珍しくはない。

ただ内島は、そのようなタイプでもなかった。

「緊張はしてなかったです。朝、アップでセンターコートに入った時に『広いな』とは感じたんですけど……」

そして、彼女は言う。「テニスコートは、同じテニスコートなので」

コート・フィリップシャトリエだろうが、ITF大会の小さなコートだろうが、ネットの高さやベースラインの長さが変わるわけではない。ただこれまでと明確に異なったのは、世界2位が放つ、ボールの質だ。

第1セットは序盤こそ互いにキープが続くが、第6ゲームでサバレンカが、リターンウイナーでブレークする。

第2セットは序盤から圧力をかけ続けたサバレンカが、第4ゲームで、またもリターンウイナーでブレーク奪取。内島も激しい打ち合いの末にウイナーを叩き込んだり、ドロップショットを沈める場面もあった。だがパワー勝負になれば、当然ながらサバレンカに一日の長がある。内島のセンターコートでの戦いは、2-6、2-6のスコア、1時間2分で終幕した。
試合後の内島は、どこか晴れやかな表情だった。

「正直、すごく差があったと感じた試合でしたが、今できるベストは全て出せたかなって思いました。このコートで、トップの選手と試合できたのもすごく楽しかったので、これからにつなげていきたいなと思います」

笑みも浮かべ語る内島が、何より強烈に実感したのが、サバレンカの「バウンドした後にグッと押し込んでくるボールの重さ」。真のトップの強さを、重さを、そして、彼我の距離を自らの身体で測れた事実に、彼女は喜びを覚えていた。

交通の要衝の町で始まった連勝街道は、日本を経て欧州を横断し、そして、全仏オープンのセンターコートで、一旦の終着を迎えた。

その旅路を、内島は既に懐かしそうに振り返る。

「本当に充実した1カ月だったと思います。スペインから始まって、途中、サーフェスチェンジもあったり、日本で戦う普段味わえないプレッシャーだったり、色々な状況を乗り越えて、勝ち続けられた。今日は今日で、トップの選手と素晴らしいコートで戦えた。課題が見つかったところもあり、こんなに充実した1カ月はなかったのかなと思います。色んな経験ができて、本当に最高でした」

6週間前に143位だったランキングも、今や世界の83位。全仏オープン後はしばし身体を休め、数週間後には再び、欧州の芝のコートで新しい旅が始まる。

現地取材・文●内田暁

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