外国馬を苦しめた日本の高速馬場を“一発回答” ロマンチックウォリアー勝利の裏にある「国内マイル戦線の空洞化」【安田記念】

終わってみればロマンチックウォリアーの圧勝だった。

検疫期間を伴う出走間隔、距離、慣れない左回り、なんといっても日本競馬が誇る東京競馬場。乗り越えなければならない壁は多く、ヴォイッジバブルが左回りを苦にし、17着に沈んだことを踏まえれば、決して簡単な遠征ではなかったはず。

だが、真のチャンピオンにとって、それらは関係なかった。王者は条件を選ばない。そもそもGI7勝馬に適性を持ち出すのはナンセンスだった。

◆【東京ダービー2024予想/3連単20点】中央馬優勢も“一筋縄でいかない” 1冠目は地方馬が穴演出、過去には3連単70万馬券炸裂も……

■GI7勝、絶対的存在だった“香港の怪物”

日本で国内外芝GI7勝といえば、シンボリルドルフ、テイエムオペラオー、ディープインパクト、ウオッカ、ジェンティルドンナ、キタサンブラックと名馬ばかり。このなかではウオッカが安田記念を連覇したが、GI6勝目となった2009年は単勝オッズ1.8倍。対してロマンチックウォリアーはその倍、3.6倍もあった。

近年、外国馬は日本で勝てなくなっており、日本特有の高速馬場の影響が大きいとされてきた。実際、ロマンチックウォリアーのマイル最高時計は1分33秒8、得意の2000mでも1分59秒2であり、今回は1秒5も短縮した。遅い速いという問題ではなく、主戦場の香港は起伏こそないが、洋芝を使用した馬場でオーバーシードの日本より時計はかかる。キャリアを通じ、函館や札幌に出走してきた馬が東京に出走するようなもの。

速い馬場から遅い馬場へのシフトチェンジより、速くなる方がしんどいはずだ。近年、外国馬を苦しめてきた日本独自の馬場を一発でクリアできるのは、並大抵ではない。それもこれも近年、日本にやってきた外国馬とは比べものにならない実績だからこそ。日本馬が海外のなかでも好成績を残す、近くて親和性の高い香港のトップオブトップは日本のGI7勝馬と同列で考えるべきだった。

そんなロマンチックウォリアーはなぜ、得意の中距離ではなく、マイルの安田記念を選んだのか。そこには陣営の計算もあったと読む。

宝塚記念だと競馬場で検疫期間を過ごせないというデメリットもあるが、久々のマイル戦出走はチャレンジだったはずだ。だが、そこにはおそらく日本のマイル戦線との力量比較があった。安田記念に出走したGI馬は7勝馬ロマンチックウォリアーに対し、ナミュールセリフォスジオグリフダノンスコーピオン、そしてヴォイッジバブルのGI1勝馬5頭で、複数勝利馬がいない。国内マイル戦線はソングライン引退後、次のスターホースを待つ状態にある。2、3番人気ソウルラッシュ、セリフォスは6、5歳で新鮮味に欠く。これは国内の事情も大きい。

■国内マイル戦線の空洞化

クラシックの価値が高い日本では、血統も中距離が主流であり、育成もその長所を伸ばすように施される。今年の牝馬クラシックではオークスで800mの距離延長がほぼ話題にならなかった。かつては桜花賞に強いマイラータイプが距離延長に挑むという図式だったが、最近はアーモンドアイ、デアリングタクト、リバティアイランドの牝馬三冠馬に象徴されるように、中距離型が絶対能力でマイルをこなすパターンが多い。中距離に根を張った日本の生産界には強烈なマイラーが誕生しにくくなっている。

2019年以降、古馬マイル重賞の種牡馬別成績をみると、ディープインパクト19勝、ロードカナロア7勝、キズナ5勝、ハーツクライ、ステイゴールド、ルーラーシップ、ハービンジャー4勝。ディープインパクト、ハーツクライは産駒数が減る一方であり、ルーラーシップは4勝中3勝がソウルラッシュ、ハービンジャーも2勝がナミュールで、残りは母として初年度産駒を送るノームコアの牝馬。どれもマイラーに特化した種牡馬ではない。

頼みはロードカナロアとキズナだ。ロードカナロア産駒のマイル重賞勝ちは2022年タイムトゥヘヴンが最後。今回敗れたレッドモンレーヴのような1400m向きやスプリンターが目立つ。なかには中距離にシフトする馬もいて、万能型になりつつある分、最近はマイルに特化した産駒が多くない。

同じことはキズナにも言える。4勝はソングラインであり、ノーザンファーム産のキズナ産駒ジャスティンミラノもマイルではなく、中距離の道を歩むだろう。クラシックを展望できる種牡馬としての期待が大きい。

ロマンチックウォリアーが抜群のスタートセンスとどんな流れでも位置をとって乗れる才能をもったチャンピオンであることを認めつつ、強い弱いという単純な問題ではなく、日本競馬の構図を浮き彫りにしたのではないか。

ロマンチックウォリアー/2024年安田記念(C)Toshihiko Yanagi

■日本競馬で欠かせない「マイラーの血」の行方

マイルは競馬の根幹をなすとされる。マイル路線の充実も日本の競馬が発展するためには欠かせないだろう。日本生産馬の強みであるスピードを支えるマイラーの血はいずれ必要になるはずだ。

そういった意味で今秋、さらに翌年にかけてA級マイラーとして期待するならNHKマイルCを制したジャンタルマンタルか。3着に終わった皐月賞、NHKマイルCをみても、スピードの持続力に優れており、マイラーとしてのスケールを感じる。初年度からマイル重賞勝ち馬を2頭出したパレスマリスは有望だ。

そして今年、初年度産駒を送るサートゥルナーリアも期待したい。父はロードカナロアで、現役時代は2000m以下を5勝し、産駒からマイラータイプが出現する予感もある。ロードカナロアとシーザリオ、どちらの特徴が強く出るのか、今後の活躍に期待しよう。

国内マイラーという意味では2着ナミュールもまだまだ注目だ。ドバイから強行スケジュールで安田記念まで出走しながら、前走より成績を上昇させた。今春の経験によって、さらに逞しくなった印象すらある。ロマンチックウォリアーには完敗だったが、ソウルラッシュとの競り合いに勝った。450キロ前後の馬体で500キロ以上ある雄大なマイラーに挑む姿に惚れ直した。

ドバイ同様、最後のしのぎ合いでみせた力強い走りに、まだまだこんなものでは終わらないという叫びがきこえる。秋のマイルGIはもちろん、繁殖としても同じ父を持つノームコアの活躍次第では、さらに期待も価値も高まるのではないだろうか。

◆【エプソムカップ2024予想/特集】「ジャパンC3着・ヴェルトライゼンデが復帰」出走予定・枠順、予想オッズ、過去10年データ・傾向

◆【エプソムカップ2024予想/危険な人気馬】人気一角の重賞ウイナーは“消し” 立ちはだかる「0.0.1.43」の不穏データ

◆【エプソムカップ2024予想/血統展望】昨年は3着まで独占 “欧州の首領”が躍動するレースで狙いたい馬は

著者プロフィール

勝木淳
競馬を主戦場とする文筆家。競馬系出版社勤務を経てフリーに。優駿エッセイ賞2016にて『築地と競馬と』でグランプリ受賞。主に競馬ニュース・コラムサイト『ウマフリ』や競馬雑誌『優駿』(中央競馬ピーアール・センター)にて記事を執筆。Yahoo!ニュースエキスパートを務める。『キタサンブラック伝説 王道を駆け抜けたみんなの愛馬』( 星海社新書)などに寄稿。

© 株式会社Neo Sports