DXの「光と影」を踏まえ、サステナブルな社会をいかに加速化するか

Day1 ブレイクアウト

企業や自治体をはじめ、さまざまな領域でその必要性が指摘されるDX(デジタル・トランスフォーメーション)。サステナブルな社会をつくるために、私たちはDXをどのように活用すれば良いのだろうか。企業間で協働するプラットフォームや防災システムの構築など、デジタルの力で社会課題の解決に取り組む3社が登壇し、DXの「光と影」も踏まえ、正しい活用方法やサステナビリティとの関係などを考えた。(眞崎裕史)

ファシリテーター
長橋賢吾・野原グループ 取締役 グループCFO
パネリスト
金田晃一・NTTデータグループ サステナビリティ経営推進部 シニア・スペシャリスト
三瓶雅夫・三井化学 常務執行役員 CDO デジタルトランスフォーメーション推進本部長
平田大輔・スカパーJSAT 宇宙事業部門 新領域事業本部 スペースインテリジェンス事業部 チーム長

資源循環や物流の2024年問題に向き合う――三井化学・三瓶氏

三瓶氏

DXによって自社のSX(サステナブル・トランスフォーメーション)を推進する三井化学は、樹脂などの素材提供型ビジネスの割合を減らし、太陽光診断サービスなどソリューションビジネスを拡大する変革を進めている。その上で三瓶雅夫氏が、サステナビリティの観点から紹介したのが、プラスチック材のトレーサビリティを担保する「プラスチック資源循環プラットフォーム」だ。

これは簡単に言うと、タンカーで運ばれてきた石油が製品となり、リサイクルされるまでの一連の過程について、スマートフォンをかざすと、その来歴が一目で分かる仕組みで、化学メーカーである同社がブロックチェーンの技術を駆使して構築した。2022年9月には、同プラットフォームも活用して資源循環型社会の実現に取り組むコンソーシアム「Pla-chain(プラ・チェーン)」を設立。賛同企業は50社を超え、オールジャパンで機運を高めているところだという。

また、三瓶氏は、今年大きな注目を集めている物流の「2024年問題」について、まさにDXを活用して取り組む、化学業界の共同物流プラットフォームについても取り上げた。それによると、ドライバー不足による物流の停滞が懸念される中、三井化学は同業の三菱ケミカルグループとトラックを共有。AIを活用して配車マッチングを行い、ルートの最適化を図っている。その1例として三瓶氏は、関東〜関西の輸送において、中継地点の静岡でドライバーをスイッチすることで、時間と走行距離を短縮し、日帰り運行が可能になることを紹介。参画企業は約70社まで増えているといい、業界のドライバー不足の改善とGHG抑制に向けて、三瓶氏は「さまざまなルートを解析しなければいけない。そこにデジタルを使う」と力を込めた。

防災や宇宙ごみ問題の解決に衛星を活用――スカパーJSAT・平田氏

平田氏

スカパーJSATは17機の衛星を保有するアジア最大の衛星通信事業者だ。平田大輔氏は通信衛星のメリットとして「フレキシブル」、災害に強い「レジリエンス」、再エネ100%利用の「サステナブル」の3つを列挙した。衛星は、平時から地上の様子を撮影しており、例えば土砂崩れなどの際も、災害が起きた前後の画像を比較することで、瞬時に被災状況の把握ができる。平田氏は、実際に2016年に発生した博多駅前の道路陥没事故で、「衛星画像の解析から、地盤沈下が徐々に進んでいたことが明らかになった」と話し、防災におけるそのデータの有効性について強調した。

続けて平田氏は、運用を終えた人工衛星などの人工物体「宇宙ごみ」の問題について説明。宇宙ごみは、「人間が宇宙開発を始めた1960年代から徐々に増え始め、2023年時点ではおびただしい数になっている」のに加え、その一つ一つが、「秒速7.5キロの高速で移動しているため、たとえ1ミリの金属であっても、硬式野球のボールが時速100キロで衝突するエネルギーに相当する」のだという。

今後、人工衛星の増加がさらに見込まれる中、「こうしたごみがたくさんあると、運用中の衛星に衝突して非常に危険であり、衛星のミッションを終了させることにもつながってしまう」と平田氏。スカパーJSATがこの問題と向き合い、レーザーを使って宇宙ごみを移動させる技術開発に注力していることが語られた。

「攻め」と「守り」「支え」がDXでパワーアップされる――NTTデータグループ・金田氏

金田氏

NTTデータグループの金田晃一氏は、企業と社会との関わり方を、社会課題を解決するような製品やサービスを提供するCSV活動と、人権や環境課題、コンプライアンスや情報開示などに取り組むCSR活動、フィランソロピーの観点から、寄付やプロボノなどを行う社会貢献活動の3つに分け、CSVを「攻め」、CSRを「守り」、社会貢献を「支え」と位置付けた上で、「この3つがDXでパワーアップされていく」と切り出した。

攻めに当たるCSVの観点において、同社グループでは、個々の社会課題に対する解決のソリューションを示したケースブックをつくっている。金田氏は、それらの概要を例示した上で、具体的な「攻めのDX」として、デジタル防災プラットフォーム「D-Resilio」を紹介。情報連携が必須な災害発生時において、政府や被災地、医療機関などが、それぞれに情報収集や意思決定、応急対応支援などのフェーズで活用できるソリューションを提供していることを説明した。

また企業活動の「支え」となる社会貢献活動について、金田氏は、同社グループが、日本各地のNGOやNPOのメンバーを対象にIT研修の機会を無償で設けていることを報告。その背景にある思いを、「社会課題に日々直面し、解決に向けて日々活動しているNGOやNPOの皆さんがデジタルを使いこなすことで、いろんな社会課題の解決が加速化する」と述べ、DXの可能性を示唆した。

生成AIのリスクをいかに減らしていくか――野原グループ・長橋氏

長橋氏

セッション中盤、ファシリテーターを務めた野原グループの長橋賢吾氏は、「サステナビリティの文脈でDXを活用すれば、良いことも悪いこともある」と提起し、3氏にデジタル化の「光と影」について問いかけた。

これに対し三瓶氏は、昨年から生成AIを活用し、材料の新しい用途を探索していることを紹介。すでに200を超える新規用途が探索できたとし、「デジタルの活用で、より効率的な販売活動、コスト削減にもつながる」と評価した。つまり、デジタルの“光”だ。

一方、平田氏は今後さらに人工衛星が増え、衛星データを使った情報の可視化が進むことで途上国の小規模な農家の生産性の向上などにつながるといったメリットが考えられるとした上で、将来「飛躍的にセンサーの性能が向上して、街角の防犯カメラのように人の顔が分かるようになったら、プライバシー問題の対策が必要になる」と、その“影”についても推測した。

NTTデータグループではAIアドバイザリーボードやAIガバナンス室などを設置し、AI利用に関わる重大な事業リスクを統制している。金田氏は「社会的な視点、倫理的な視点を考えながらAIを活用していく必要がある」とした上で、「アクセルとガードレール」との表現を用い、AIの利用をいかに正しい方向へと導いていくかについて、考えを巡らせた。

長橋氏は「生成AIは非常に便利であるものの、それがもたらす影の部分、リスクの部分をいかに減らしていくか。そういうようなことも重要との示唆をいただいた」と応じ、 3氏の議論から改めて「社会課題を解決するためにDXが必要だ」と締めくくった。

「生成AI革命」と言われるほどに、ここ数年のデジタルの進化は目覚ましく、社会課題の解決を加速化することも当然期待される。ただ一方で、そのデジタル技術をどのように活用するかは、私たち人間次第だ。パネリストからも言及のあった「正しい方向」に、いかに導いていけるか。本セッションを起点として、参加者は今後も考えを深めていくだろう。

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