「司令塔クロースOUT・点取り屋エムバペIN」でマドリーのサッカーはどう変わる? ヴィニシウス&ロドリゴの2トップ採用は、エムバペ加入を見越したリハーサルだった!?

サッカー界には「勝っているチームはいじるな」という格言がある。しかし、今シーズン、ラ・リーガとCL(チャンピオンズリーグ)の2冠を達成したレアル・マドリーの場合はそうはいかない。司令塔のトニ・クロースが今夏に祖国ドイツで開催されるEUROを最後に現役引退することを表明し、かれこれ12年前から獲得を目指していた点取り屋のキリアン・エムバペがついに加入するからだ。

強弱、緩急を組み合わせ、攻撃のテンポを司っていた唯一無二のゲームメーカーと、スピード、フィジカル、決定力とも規格外の怪物FWとのチェンジだ。カリム・ベンゼマの退団とルカ・モドリッチのベンチメンバーへの降格が重なり、これまで以上に縦への推進力と強度を重視する度合いが高まっていたマドリーのフットボールは新シーズン、さらにその傾向が加速するのは間違いないだろう。

最大の見どころは、やはりエースに成長したヴィニシウス・ジュニオールとエムバペの共演だ。名目上はウイング、FWとポジションは異なるが、エムバペは左サイドに流れてボールを受けるプレーを得意にしているため、ヴィニシウスとプレーエリアが重なる。これはかねてから指摘されていた問題でもある。
しかし今シーズン、レギュラークラスの9番不在の中、「そこ(FW)でプレーできるなんて想像もしていなかった。最初はとても苦労したけどね。アンチェロッティには感謝だよ」と本人も語っているように、ヴィニシウスが頻繁に中に絞ることでFWに求められるパスを呼び込む動きや判断力において格段の進歩を遂げ、もはや単なるウイングではなくなった。一方、エムバペはCFを主戦場にプレーし、こと得点面においては結果を残した。

すなわちエムバペの加入が遅れたことで、逆に2人の融合をスムーズにする下地が出来上がったわけだ。現地では、ヴィニシウスとロドリゴが2トップを形成する4-4-2の採用は、エムバペの加入を見越したリハーサルの意味合いもあったと指摘する声もあるほどだ。実際、エムバペとロドリゴを入れ替えるだけで、システムをいじる必要はない。 もっともそれはあくまでスタート地点でのポジション。実際、カルロ・アンチェロッティ監督率いるマドリーには、システムという概念はあってないようなものと言っていいほど、ポジションの流動性を特徴にしている。ヴィニシウスとロドリゴの関係性においても、2人が左サイドでパスを交換するシーンは頻繁に見られた。同様にエムバペとヴィニシウスが、ポジションがかぶらないようにイメージを共有しながら、お互いの良さを引き出すことができれば、1+1の関係は3にも4にもなることが可能なはずだ。

もちろんクロースの不在は懸念材料だが、引いて守ってくる相手に対しても、狭いスペースでも打開してしまう2人なら、ボールを預けるだけで、自らゴールをこじ開ける働きを十分に期待できる。さらにその背後からジュード・ベリンガムが絡んでくるわけだ。4-3-3の採用を想定するなら、3トップの一角には、前述のロドリゴや技巧派のブラヒム・ディアス、残留が濃厚な9番タイプのホセル、パッサータイプでトップ下やインサイドハーフに適性がありながら、1年目から非凡なフィニッシュワークを見せたアルダ・ギュレル、そして新進気鋭の17歳FWエンドリッキと、多士済々のタレントが揃っている。

あるいは偽ウイングとして機能するフェデリコ・バルベルデをサイドハーフに配置すれば、4-4-2を維持しながら攻守のバランスを保つこともできる。戦術に人を当てはめるのではなく、選手の個性を活かしたフットボールを展開するアンチェロッティ監督の采配を加味すれば、バリエーションはそれこそいくらでも作れそうだ。
クロースの後釜を誰が担うかは不明だ。クラブは中盤の新戦力の獲得を見送る方針だが、そもそも同じタイプの選手は存在しない。ポジショニング、パス捌き、ボール奪取のいずれもがハイレベルで、攻守に気の利いたプレーを見せるバルベルデの存在感はさらに増すはずで、その中で、超万能型のベリンガムが新境地を開拓して組み立ての局面で司令塔役を担うか、あるいは粗削りではあるが、プレーメーカーとしても特大のポテンシャルを秘めるカマビンガが覚醒を遂げるか。もちろん現地で報道されている通り、モドリッチが契約を延長し残留すれば、大きな力になるだろう。

どうなるかは新シーズンの開幕を待つ必要があるが、ひとつ確かなのは、今後のマドリーの命運はエムバペとヴィニシウスの融合の成否に託されたということだ。

文●下村正幸

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