ベッカムFKで薄れた「偉業」と5人制が可能にした「戦術」、ルヴァン杯「ベンチ9人」(2)意外と知らない「サッカーの選手交代」起源と進化と現在地

脳震とうに関する選手交代では、新たなルールが設けられた。撮影/中地拓也

サッカーは無数のディテール(詳細)であふれている。サッカージャーナリスト大住良之による、重箱の隅をつつくような「超マニアックコラム」。今回は、0から最多7まで増えたもの。

■ベッカム史上「最も有名なFK」

2001年10月、マンチェスターでのワールドカップ予選に戻ろう。テディ・シェリンガムの劇的な同点ゴール直後にイングランドは再びギリシャにゴールを許し、窮地に立たされる。そして、後半アディショナルタイム。すでにゲルゼンキルヘンで行われた「ドイツ×フィンランド」の試合は0-0のままで終了し、ドイツは勝ち点1を得ている。このままイングランドが敗れればプレーオフに回ることになる。

「4分間」と示されたアディショナルタイムが2分を過ぎたとき、ロングボールを競ったシェリンガムがファウルを受け、イングランドはゴール正面28メートルでFKを得る。蹴るのはもちろん、ベッカムである。ボールは鋭く飛び、曲がり、落ちて、ギリシャゴールの左に突き刺さった。彼のキャリアで最も有名なFKである。

あまりに劇的なベッカムのゴールにより、シェリンガムの同点ゴールはやや影の薄いものになってしまった。それでも、ワールドカップ出場権をかけた試合での交代後15秒での同点ゴールは、特筆されるべき偉業と言える。

■コロナ禍で変わった「交代可能人数」

前振りが長くなりすぎた。今回のテーマは、実はシェリンガムではなく、「交代」なのである。

現在のサッカーでは、交代は非常に重要な要素を持っている。先発した11人のうち、試合中に5人まで新しい選手に代えることができるのだ。「90分間、前線から相手にプレスをかけ続ける」という戦術が成り立つ背景には、明らかに「交代5人制」がある。

2020年、新型コロナウイルスのパンデミックで世界中のサッカーが危機にさらされた。トレーニングもできない期間、試合ができない期間を経て、無観客などでようやく再開されたサッカー。しかし当然、トレーニングも十分でなく、過密日程にもなる。そこで国際サッカー連盟(FIFA)の要請により、サッカーのルール決定機関である国際サッカー評議会(IFAB)は5月8日付けで「回状」を出し、公式戦での交代可能人数を、当時のルールで決められていた「3人」から一時的に「5人」に増やすことを通達したのである。

1年間限りだったこの措置は、コロナ禍の長期化にともなってその後も延期され、ついに2022年には恒久的なルールとなった。1試合の交代は5人まで、ただし、ハーフタイムを除き、プレー進行中の交代は1チームあたり3回とする。ただし、延長戦になった場合には、大会ルールによって交代可能人数を1人、交代可能回数を1回増やすことができる。

さらに2021年には、脳振とうと判断されたときには、そのための交代人数と回数をカウントしないという新ルールの試行が開始され、日本をはじめ、多くの大会や多くの国でその試行への参加が始まったため(まだ正式なルールにはなっていない)、現在では、延長戦に入った試合では、最多で7人、5回の交代が行われることになっているのである。

■ルヴァン杯では「ベンチ入り人数」9人に

今シーズン大きく大会方式が変わり、J1だけでなくJ3までの全クラブが出場するノックアウト方式の大会となったJリーグのルヴァンカップで、ベンチ入りの交代選手枠が9人に広げられたのは、こうした状況に対応するためと思われる。ただし、同じようにノックアウト方式の天皇杯では、すでに終了した1回戦においては交代要員は従来どおり7人のままだった。

交代要員が7人の場合、延長戦で6人の交代枠を使い切った後に脳振とうが発生した場合、控えのGKをフィールドプレーヤーとして送り出さなければならなくなる可能性が高い(その前にGKが交代している場合を除く)。天皇杯の1回戦では、控えのGKは、フィールドプレーヤー用のウェアも用意していたのだろうか。

通常で5人の交代枠の試合でも、「ベンチスタート」と俗称される交代要員の数が7人では困ることがある。リードされたまま終盤を迎えようとする試合で、残りの交代枠は1人。しかし、ベンチにいるのは控えのGKとDF2人のみというような状況がたびたび見られるのである。7人の交代枠は交代3人制」の下では十分だったが、5人になったら少なくとも9人にしないと、終盤の戦いに支障をきたすのである。

そう、現代の選手交代は、ケガや疲労困憊した選手への対応よりも、戦術的な意味合いを持つものが圧倒的に多くなっている。アタッカーを60分から70分で代えて新しい選手を送り込むのは、前線からのプレッシャーの強度を落とさないためだ。交代によるシステム変更、守備重点から攻撃重点へとシフトさせることなど、交代が戦術的な目的を持って使われることは当然のこととなった。

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