被災の時計、修理依頼続々 4時10分から「止まった針動かして」 金沢・井上さんの工房

地震で被災した古時計の修理に励む井上さん=金沢市野町2丁目

  ●10日は「時の記念日」

 「止まったままの時計の針を、もう一度動かしてほしい」。金沢市野町2丁目の和時計師、井上悦朗さん(76)のもとに、能登半島地震の影響で壊れた古時計の修理依頼が相次いでいる。親の形見やがれきの下から見つけた品もあり、所有者の大切な思い出が詰まる。10日は「時の記念日」。井上さんは、発生時刻の午後4時10分で止まった針を前に進めるべく、持てる技術を尽くし、作業に取り組んでいる。

 井上さんは古時計を専門に修理・復元する「工房 亞陀(あだ)」を営み、確かな腕を求めて全国から修理依頼が舞い込む。地震後は奥能登や七尾、金沢市などから、損壊した柱時計や置き時計など10台の依頼を受けた。

 被災した時計の中には、損壊具合のひどさに修復をためらう品もあったが「どうしても、もう一度動く姿が見たい」という所有者の熱意に心を動かされ、これまで全ての依頼を受けた。長いもので3カ月掛け、ありし日の姿に直している。

 「再び動きだした姿に、背中を押された気がした」と話すのは珠洲市宝立町鵜飼の中田一成さん(63)だ。中田さんは、津波の被害も受けた全壊の自宅から見つかった約100年前のだるま時計を依頼した。

 時計の内部は砂まみれで、海水で歯車は全てさび付いていた。ダメもとで依頼したが、9日、元戻りになった時計が納品され、再び時を刻む姿に目頭が熱くなったという。現在、津幡町の娘家族の家に身を寄せる中田さんは「地震から時が止まった感じがしていたけど、少し前を向ける気がする」とほほ笑んだ。

 父の形見の置き時計の修復を依頼した室谷信子さん(64)=能登町時長=も感謝する。地震発生時刻の午後4時10分で止まったままの針を見るたび、悲しい思いが募っていたとし「父の形見の宝物。早く直るのが待ち遠しい」と話した。

 井上さんは今後も被災した古時計の修理に力を注ぐ思いだ。「依頼者の喜ぶ顔がなによりうれしい。元通りに直ったら、時計も喜ぶやろ」と腕まくりした。

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