「恩師の逝去」 後進に託された希望 西村明

 中国古代の祖先崇拝と死生学・応用倫理の研究を牽引した元東大教授の池澤優先(まさる)生が今月初め、享年66歳で逝去された。3月末に病室を訪ねた折には、言葉少なではあったが、眼光の鋭さに変わりはなく、密かに快復を期待していた。通夜でお別れをしてきたものの、いまだ気持ちが追いついていない。
 学部時代からの恩師の一人で、ここ11年間は東大宗教学研究室の同僚としての仕事もご一緒した。30年前に先生の演習で、死をめぐる古今東西の重要文献に触れていなければ、戦争死者の慰霊を研究対象とはしなかったかもしれない。論文を書くときには「こう書いたら、先生はどうコメントされるだろうか」と、笑顔で鋭くツッコミを入れられた院生時代を思い出しつつ、詰将棋のように試行錯誤することが習い性となっている。
 池澤先生がセンター長を務めた東大文学部の死生学研究には、宗教学研究室の歴代教授たちの思索も流れ込んでいる。
 岸本英夫は戦後に占領軍の顧問も担った宗教学者だが、やはり教授在任中にがんを発症し、余命半年を宣告された。国内外での激務をこなし、定年直前に死の床に就いた。科学者として死後の世界を想定せず、徹底して死と向き合い壮絶な生を全うした。その経験と思索をまとめた『死を見つめる心-ガンとたたかった十年間』(講談社文庫、1964年)は、多くの読者を得た。
 その弟子で池澤先生の先生の一人である脇本平也は、戦時中に学徒出陣をしたが、岸本の課題も引き受けつつ『死の比較宗教学』(岩波書店、97年)をまとめた。私が原爆慰霊の研究を始めた際に、最初に依拠した文献である。
 そして21世紀に入って、死生学の研究プロジェクトが始まる。池澤先生は、私のもう一人の恩師・島薗進とともに、その中核を担った。池澤先生は2020年のネット記事(ネクストウィズダムファウンデーション)のインタビューで、自分が人生を退場するのは未練だが、その後にも生命は続き、後の人たちに希望を託すことで死を受け入れられるようになると答えている。
 先生は、冒頭に掲げた二つの研究分野の集大成として、『古代中国の“死者性”の転倒-戦国秦漢期における死生観の変遷』(汲古書院、3月刊行)と、『東アジアの死生学・応用倫理へ』(東方書店、今月末刊行予定)をまとめ、旅立たれた。この2冊の大著は、ご自身の研究の今後を、後進に託されるつもりでまとめられたのかもしれない。我々教え子たちにとっては、たいへん大きな最後の宿題でもある。学恩に報いる道を探りたい。

 【略歴】にしむら・あきら 1973年雲仙市国見町出身。東京大大学院人文社会系研究科教授。宗教学の視点から慰霊や地域の信仰を研究する。日本宗教学会理事。神奈川県鎌倉市在住。

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