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硫黄島 ■ 「おれも連れて行ってくれ。一緒に死なせてくれ」
「なぜ生かされた」自問 秋草鶴次さん(87)(足利)
爆撃を受けて舞い上がる土砂に混ざって飛び散る人の頭や手足、肉片。
「おっかさーん」。いまわの際の叫びが、方々に波紋のように広がっていった。
1945年2月、硫黄島。通信兵だった秋草鶴次さんは、島中心部の小高い場所にあった玉名山送信所から、双眼鏡でつぶさに監視を続けた。
岩肌があらわで起伏の激しい地形。周囲22キロの島を取り囲んだ米艦船の艦砲射撃、空からの機銃掃射を浴び続けた。
視界を埋め尽くすほどに飛び交う銃弾。1分ごとに3人、部隊が1メートル進むたびに1人が死んでいく。敵の手に掛かりそうになると、手榴弾(しゅりゅうだん)や銃で自決する者も多かった。
3月になると、送信所は突如、火炎放射に襲われた。髪が焼け焦げ、腕は腫れ上がった。
志願兵だった秋草さんは、その矜持(きょうじ)を胸に刻んでいた。「死んでたまるか」。送信所壊滅を報告するため本部へ。地べたにへばりつき進んだ。
「伏せろ」。誰かの声を聞くや否や、艦砲射撃の砲弾が至近距離で爆発した。左手で右手をまさぐると、指3本がない。血まみれの左足は弾が貫通し動かなかった。
◇ ◇ ◇
圧倒的な米軍の攻勢に、じりじりと後退する日本軍。まもなく海軍による総攻撃が決まった。
「おれも連れて行ってくれ。一緒に死なせてくれ」。同年兵の仲間にそう懇願したが、手負いの身ではかなわなかった。
秋草さんが残された地下壕は暑さがむせかえり、排せつ物や遺体の腐乱臭が充満していた。食料の補給はおろか、一滴の水もなかった。
「地獄のような飢えとの戦い」。体に付いたノミやシラミ、傷口にわいたウジさえ口にした。
薄暗い壕で過ごし日時の感覚もなくなったころ、壕に液体が流れ込んだ。「水だ!」。兵士たちは飛び付いたが、その正体は油を混ぜた海水。米軍の火炎放射が放たれた。兵士は火だるまとなり倒れていった。
間一髪逃れたが、壕の中をさまよい、いつの間にか意識を失った。
気が付いたのは、グアム捕虜収容所のベッドの上。送信所が火炎放射を受けた3カ月後だった。
◇ ◇ ◇
生還後、執筆や講演活動を続けている。
「自分はなぜ生かされたのか」と常に自問する。「あの事実を語り継ぐためなのか。ならば、まだ足りないんじゃないのか」
「おっかさーん」と叫び死んでいった戦友が、その次に言いたかったことを、こう推し量る。
「必ず平和が来ると信じて戦った。だから、自分の分も幸せに生きてくれ」
⬛ ⬛ ⬛
長男・茂之さんに聞く 今も心に響く父の口癖
父が太平洋戦争史に残る激戦地の生き残りと知ったのは、小学3年生の頃だった。一緒に風呂に入った時、腹や脚にある傷痕が目に付いた。疑問に思って聞くと、「弾が通り抜けていった痕だよ」。返ってきた答えは、それだけだった。
硫黄島の戦いを経験した秋草鶴次(あきくさつるじ)さんの長男茂之(しげゆき)さん(66)=群馬県板倉町=は、60年近く前に交わした父とのやりとりを振り返る。「『ふーん』で終わってしまった。子どもの自分にとって、戦争は現実味がなかった」と明かす。
鶴次さんは17歳の時、海軍通信兵として参戦した。戦場で壮絶な経験をして、生死の境をさまよった末に帰還した。本紙連載「とちぎ戦後70年」の記事掲載3年後の2018年、90歳で亡くなった。
「おやじは自分から戦争の話はしなかった」と茂之さんは話す。ふと尋ねた際に、鶴次さんが短い言葉で返す程度だった。「つらかったからなのか、聞かれなかったからなのか」。茂之さんに理由は分からない。
父の戦争体験に茂之さんが深く触れたのは、今から40~50年前に鶴次さんが始めた執筆活動がきっかけ。原稿用紙にしたためられた文字を追うと、父の記憶が鮮明に浮かんだという。
特に驚いたのは、米軍が瀕死(ひんし)の父を捕虜として収容したこと。茂之さんは「放っておかれても不思議ではない大けが。救出されたから、今の自分がいる」と感慨を覚える。
06年の著書出版後に講演依頼などが増えた鶴次さんは、80歳を過ぎても各地に出向いて精力的に活動した。ただ家族への姿勢は変わらず、多くを語ることはなかったという。
そんな中でも茂之さんには、忘れられない出来事がある。「このように立って入れる壕(ごう)はない。こんなに白い服はない」。硫黄島の戦いがテーマの映画をテレビで見ていた時、鶴次さんの目に涙がにじんでいた。
「戦争は何も生まない」「戦争をやるのはばかだ」と口癖のように言っていた鶴次さん。「(ロシアのウクライナ侵攻など)昨今のニュースを見たら、きっと同じ事を言う」。茂之さんは確信している。
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