【虎に翼】よね(土居志央梨)の心の傷はまだ癒えていなかった。寅子は恵まれた環境にいると認識させられた

「虎に翼」第59回より(C)NHK

1日の楽しみは、朝ドラから! 数々のドラマコラム執筆を手がけている、エンタメライター田幸和歌子さんに、NHK連続テレビ小説、通称朝ドラの楽しみ方を毎週、語っていただきます。困難な時代に立ち向かう法曹たちの姿を描く「虎に翼」で、より深く、朝ドラの世界へ!
※ネタバレにご注意ください

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伊藤沙莉主演のNHK連続テレビ小説(通称「朝ドラ」)『虎に翼』の第12週「家に女房なきは火のない炉のごとし?」が放送された。

前週に家庭裁判所の設立に携わった流れを受け、ドラマはこれまでの寅子を含めた女性が法を学ぶこと、社会で自立した活動をしていくことについてといったリーガルエンタテインメント的な視点から、親子、家族の関係性やその難しさに焦点をあてた視点にシフトしてきた感がある。

辞令を受け最高裁判所家庭局事務官、家庭裁判所判事補となる寅子。いよいよ裁判官への道を歩み始めることになるが、まず向き合うのは、戦後4年となる段階で大きな問題となっている、戦災孤児たちの存在だ。身寄りがなく面倒を見てくれる施設や団体もない中、生き抜いていかなければならない戦災孤児たち。なかにはスリなどの犯罪行為により生き延びようとする者もあるが、そのリーダー格の道男(和田庵)が今週のストーリーの核となる。

家庭裁判所判事補の寅子は、警察の浄化作戦と称する一斉補導がはじまり収容施設が足りないなか、行くあてのない道男を居候として自宅に連れてくる。

注目したいのがこの道男のキャラクター性だ。愛されることを知らない孤独な不良少年は、どこかジェームス・ディーン的というか、昭和の学園ドラマやホームドラマに登場する不良に通ずるものを感じる。家族というものを知らない道男にとって、大人の男性陣はほとんどいなくなってしまったものの今なおあたたかで家族の絆の強い猪爪家ファミリーの中では居心地の悪い場所、というよりも接し方や距離感のつかめない環境でしかなかっただろう。

「俺がひれ伏せば満足?」
かたくなな道男の態度に花江(森田望智)や息子たちは反発するが、母のはる(石田ゆり子)の「必要なだけここにいればいいわ」が理解をみせたことで、道男を受け入れる。花江への態度も、反省したのだろうが、誠意や好意の向け方、距離感も分からないのだろう。

「おばさん、よく見たら綺麗な顔してんな」
道男的には誉め方がわからず口から出た言葉だったかもしれない。しかし考えてみれば不良少年と年上の未亡人である。このセリフには視聴者もかなりざわついていた模様がSNSなどを見るぶんにもうかがえた。

実際、もともと好意はあったようで、戦禍でこの世を去った花江の夫・直道(上川修作)のことを思い出して涙を流す花江に対し、
「俺、なれないかな、その人の代わりに」
と、胸キュンな告白めいたことも言い出してしまう。

これまでのドラマのトーンからすると異質のやりとりは、番外編または本編内スピンオフのような趣も感じてしまう(つまり、道男の孤独を描くあれこれを丸ごと省略しても本筋にはほぼ影響がないような描かれ方だ)。

そして、自分で連れてきたものの、道男が猪爪家にすこしずつ心を開いていく過程において、寅子がほとんど機能していないこともやや気になるところだ。寅子はなにかと忙しそうではある。道男ばかりか、娘の優未(金井晶)に対してすら、あわただしく仕事に行き、実家の家族に任せきりのように見え、母娘の強い愛情のようなものはあまり描かれてきていない(前作「ブギウギ」が、売れっ子歌手ではあるのもの、家に帰ると愛娘とべったり過ごし、「愛子はマミーの宝物や」という描写をことあるごとに強調していたため、より強く感じてしまうのかもしれない)。

「虎に翼」第60回より(C)NHK

ところで、寅子は戦災孤児の対応につとめるなかで、よね(土居志央梨)、轟(戸塚純貴)と再会を果たす。シンプルに喜ぶ轟のいっぽうで、よねの心の傷はまだ癒えておらず、寅子にかたくなな態度で接する。前週の香淑(ハ・ヨンス)に続き、感動の再会とはいかず、戦前から指摘されていたが、〝戦後もなんだかんだ恵まれた環境に居られる寅子〟という位置づけを視聴者は認識する。

寅子の行動は基本的に善意からくるもので、だからこそときに向けられる相手の抱える闇の部分を突きつけられることで困惑する。今週直面したよねも、道男も、前週の香淑もそうだ。最大の理解者であった夫の優三(仲野太賀)や、気高いかつての同僚・花岡(岩田剛典)には、そういったものは存在しなかったゆえ、安心できる存在だったのかもしれない。

「虎に翼」第59回より(C)NHK

そして、寅子が善意の人、正義の人であり続けられた大きな存在だったのが、母・はる(石田ゆり子)だ。普段は心優しくおだやかであるが、序盤の名場面である、桂場(松山ケンイチ)に啖呵を切るシーンのような強さもあわせもつ。寅子がさまざまな苦難を乗り越えられたのも、はるの存在が大きかった部分もあるだろう。

そんなはるが、息を引き取る場面で、寅子はまるで子供のようにすがりついて声をあげて号泣する。夫の死などではすぐには感情を表さなかったことに比べると、寅子にとってのはるという存在がよくわかる。この別れは、「娘」という、ひたすら愛情を注いでくれるポジションからの別れも意味する。

いよいよ真の意味で自立した女性裁判官として、寅子は覚醒していくのだろうか。その過程でまた、さまざまな壁に直面しては乗り越えていくのだろうか。情報量が多いなか、ようやくドラマは折り返し地点だ。


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