転覆事故にご用心

 戦前、船会社を興して三大成り金の一人と呼ばれた内田信也という人物がいる。戦後は吉田茂内閣で農相を務めた。乗っていた列車が転覆した時の語り伝えがある。「神戸の内田だ。金はいくらでも出す。助けてくれ」▲そう叫んだという。本人の回想によれば「金はいくらでも…」とは言っていないそうで、ねたみ半分の尾ひれが付いたのかもしれない▲「総理の岸田だ。物価高対策に金はいくらでも出す。私を、自民党を助けてくれ」と首相が叫んだ…わけではないのに、国民には“心の声”が聞こえるのかどうか。6月分の給与から順次、所得税や住民税を対象に定額減税が始まるが、評判がどうも振るわない▲共同通信社の最近の調査で、減税が家計の足しになるとは「思えない」人がほぼ7割を占めた。確かに、物価高への効果の程は疑わしい▲実感も乏しいだろう。過去の政権の現金給付もそうだったが、ご機嫌取りに「たまにはいい物でも食べなさいよ」と、小遣いを握らされたような気分の人は多いのではないか▲いったん終了した電気・ガス料金の補助を復活させるのも、ありがたさより巧言令色、へつらうような顔色を感じる人もいるに違いない。「いくらでも出す」といっても税金であり、進む線路を間違えれば、政権の転覆事故になりかねない。(徹)

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