能登地震半年

 駆け出し記者のころ、先輩によく「陳腐な言い回しは使うな」と言われた。おいしい物を口にすれば「舌鼓を打つ」、喜んだら「とびきりの笑顔」、景気のいい店主は「うれしい悲鳴」…▲正直に言うと、今の紙面でもこうした表現を時々見かける。自分もまた、油断するとつい“手癖”が働いている気がする。「紋切り型」からは容易に抜け出せない▲もらった1個のおにぎりを〈十分ぐらいかけて食べました〉(南三陸町、小学6年)。東日本大震災の年の6月末、文芸春秋の臨時増刊として「つなみ」という雑誌が出された。「被災地のこども80人の作文集」と副題が付いた本を開けば、紋切り型とは無縁の痛みがつづられている▲大変なことは〈でんきがつかない、すいどうがでない、車がなくてどこにもいけない、くうきがきたないでした〉(石巻市、小学1年)。〈夜は、画用紙一まいでねました〉(名取市、小学4年)…。語彙(ごい)力や技巧を超えた一語一語が詰まっている▲元日の能登半島地震から今日で半年。今も2千人を超える人が避難生活を送っている。寒さから猛暑へと心配の種は変わり、避難所は衛生面に不安を抱えるという▲ありふれた紋切り型など何一つない言葉が届けられることだろう。言葉を失うほどの被災地の「今」を記憶からは失うまい。(徹)

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