<いまを生きる 長崎コロナ禍> 我慢の日常に幸せ振りまく ちんどん屋の河内さん

 2月中旬の昼下がり、ちんどん屋「かわち家(や)」代表、河内隆太郎さん(49)は長崎市内の住宅地にいた。化粧をし、赤い着物をまとった姿は静かな路上でいや応なく目立つ。「さあ、いこうか」。そう言って、クラリネットを吹き始める。相棒の嶋田琴子さん(30)が打ち鳴らすちんどん太鼓と一緒に、街中に「チンドン、チンドン」とにぎやかな音を響かせた。

 すぐに変化が起きる。アパートの2階に住む女性がベランダから顔を出し、大きく手を振った。すでに相好を崩している。河内さんは朝からきねでついた餅を手に笑顔で呼応した。
 「コロナ禍を生き抜くために餅ば売り歩いてます。一つどうですか」

高齢者施設の庭で演奏する河内さん(右)と嶋田さん=長崎市富士見町

 女性が部屋から下りてきた。新型コロナウイルスの影響で在宅勤務中だったという。「楽しい音につられて。すてき。感動した」。女性の喜びにつられるかのように、周辺の家や店から人がぽつぽつと出てきた。
 ちんどん屋の役目は、街を練り歩き、楽しい音で人を集め、大声で商品などを宣伝すること。密集も飛沫(ひまつ)も避けなければいけないコロナ禍では当然、商売あがったりで、仕事は9割近く減った。披露宴で餅をついて振る舞う「祝い餅つき芸」の依頼もほとんどない。
 パフォーマーは約20人。河内さんはこれまで守ってきた仕事を絶やさぬため、そしてメンバーの心をつなぎ留め、技術も維持するため、ちんどん(街頭宣伝)と祝い餅つき芸両方の力を生かせる餅の行商を考案。昨年6月から始めた。
 街を練り歩く河内さんの目には、コロナのニュースばかりがあふれる現状に気がめいっている人が多いと映る。だから、外から聞こえてくる懐かしい音色に反応し、窓を開ける。外出自粛など我慢の多い日常の中で、その少しの会話だけでも心が弾むのだろう、と。
 この日、通り掛かった高齢者施設のスタッフに声を掛けられ、立ち寄った。庭で九州の民謡「炭坑節」を演奏すると、利用者はうれしそうに拍手を送った。幼稚園の前では人気漫画「鬼滅(きめつ)の刃(やいば)」の主題歌を響かせ、園児を楽しませた。
 ちんどん屋の世界に入って26年。経営的にはかつてないほど厳しい状況に置かれている。ただ、コロナ禍で自身の仕事のやりがいや可能性を改めて感じてもいる。「世の中に必要な仕事ではないかもしれない。だけど懐かしいだけでなく元気にする力もあるんだな」
 餅売りの行商は「薄利」だが、感染対策を徹底しながら継続していく考えだ。現在はちんどんの仕事のほか、週に3、4日、長崎市や西彼時津、長与両町を中心に回っている。
 「角を曲がっていきなりちんどん屋に出会ったら面白くないですか。ラッキーって感じで」。街を歩きながら、そんな小さな幸せを振りまいていくつもりだ。令和の時代に「昭和全開」のスタイルで。


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