命を吹き込む人

 このリアルな感じ、どうやって造形したんだろう? 初めはそう思ったが、数々の作品を見ているうちに造形物だというのを忘れ、生きた金魚そのものに思えてきた▲長崎市の県美術館できょう開幕する、深堀隆介展「金魚鉢、地球鉢」の内覧会がきのうあり、作品に見とれた。現代美術家、深堀さんの手で金魚が「描かれる」というよりも、生み出されている▲気の遠くなるような作業の積み重ねだと知った。まず、器に透明な樹脂を流し込む。固まると、アクリル絵の具で樹脂に金魚のひれを描く。それから樹脂をうっすら流し込み、固まるまで2日間待つ▲次の層には胴体を描く。また樹脂を流し込む。2日間待つ。今度は一枚一枚うろこを描く…。何層も重ねて立体的な金魚の姿にする、いや、生み出すという▲作品展には「東日本大震災から10年」の特設コーナーもあり、津波で亡くなった子どもたちの持ち物に、深堀さんが金魚を描くドキュメンタリー映像が流される。遺品に金魚の命を吹き込む営みはすんなりといかないが、持ち物から聞こえる「つくって」という声に、深堀さんは背を押される▲残された上履きの中を金魚が悠々と泳ぐ一作もあり、「小さな一歩」と名付けられた。福島で作品展も開いてきた深堀さんが被災地に贈る言葉のようでもある。(徹)


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