コロナ自粛生活と原発事故の避難生活、多すぎる共通点 福島で心のケア続ける 福島県立医大の前田正治教授に聞く

夜明けを迎えた福島県双葉町から望む、東京電力福島第1原発=3月11日午前

 東京電力福島第1原発事故による避難生活と、新型コロナウイルスの影響で続く自粛生活はよく似ている―。避難者の心のケアを続ける福島県立医大の前田正治教授(災害精神医学)は、両者にあまりに共通点が多いことに気付いた。例えば、放射線もウイルスも、目には見えない。恐怖から偏見が生まれ、人々のいら立ちが行政や専門家に対する批判となっている点もまったく同じ。コロナ禍で苦しむ日本が、避難者に重なって見えるという。前田教授に詳しく聞いた。(共同通信=西蔭義明)

 ▽称賛されない支援

 米ハワイ沖で2001年2月、愛媛県立宇和島水産高の実習船えひめ丸が米原潜に衝突され、実習生4人と教員2人、船員3人の計9人が亡くなった。私は、生き残った生徒の心のケアのため同県宇和島市に2年以上、毎月のように通った。

 その時の生徒たちが回復し、松山市内の食事会に誘われたのは事故から10年たった11年3月10日だった。みんな就職し、船員になった子もいて、本当に感激した。その翌日に起きたのが、東日本大震災だった。

2001年2月、宇和島水産高校の実習船「えひめ丸」との衝突事故後、ホノルル湾沖を航行する米原子力潜水艦「グリーンビル」(AP=共同)

 当時は日本トラウマティック・ストレス学会の会長でもあり、会として被災地に医師を派遣した。私は当初、岩手県で心のケアを始め、その後、福島県に入った。そのとき、津波の被災者がえひめ丸事故の生存生徒と似ていると感じた。例えば、津波で祖母を失った人は「なぜ、あの時おばあちゃんを連れて逃げなかったのか」と苦しんでいた。えひめ丸の生徒も同じで、自分だけ生き残ったことへの「罪責感」に悩まされていた。

 ただ、同じ震災被災地でも、原発事故被害にも遭った福島は違った。一番の違いは、福島に対するすさまじい風評被害に苦しんでいたことで、私もどう対応すべきか戸惑うくらいだった。災害や海難事故なら過去に心のケアを担った経験があるが、原発事故についてはなかった。さらに、福島の放射線の影響が最初はどの程度か分からず、学会としても専門家を派遣しづらかったため、支援が遅れてしまったことを今でも後悔している。

 この状況は、新型コロナ禍で、必要な医療の支援が思うように進んでいない現状と似ている。コロナ感染症に関わることで、医療機関や介護施設はさまざまな風評被害に遭い、そこで働くスタッフも偏見や差別を受けてしまう。そもそも医療・介護従事者はリスクがある中、懸命に活動している。称賛とまでは言わないが、もう少し温かい目で見守ってほしい。

福島県立医大の前田正治教授

 ▽目に見えない

 風評被害や偏見が生まれるのは、放射線も新型コロナも目に見えないことに起因する。地震や津波だったら、「揺れる」ことはみんな同じように感じるし、20メートルの津波が来れば、100人が100人危ないと思う。一方、放射線と新型コロナは見えないため、「怖さ」の度合いが人それぞれ違ってくる。「これくらい大丈夫だろう」という人もいれば、「大変なことが起こってしまった」という人もいて、リスクの考え方が大きく異なる。

 一方で、人々は偏見を持ちたくて持っているわけではない。放射線やウイルスが怖いから、差別的な言動をしてしまう。それでも、悪気はなかったとしても、言われた方は非常に傷つく。精神的ショックが大きい。原発事故で福島の人が偏見を受けたように、コロナでも「感染者数が多い東京は危ない」とひとくくりにされてしまう恐れがある。

緊急事態宣言の延長後初の週末、多くの買い物客らが行き交う東京都品川区の武蔵小山商店街パルム=13日午後

 行政職員や保健師への風当たりが強い点も一緒だ。放射線や新型コロナによる被害は分かりにくいため、どの場所が危険か、避難の範囲、補償の有無の線引きを、国や自治体が決める。すると、「なんで自分のところだけ?」といろいろ不満が出る。放射線やウイルスに文句を言えるわけではないため、矛先は行政に向くことが多い。

 2013~14年に、福島県内のある自治体を調査したところ、職員の約18%がうつ病状態で、自殺のリスクが高い人もいた。今後は、新型コロナ禍での医療従事者や行政職員へのケアも重要となる。

 ▽長期化リスク

 福島では放射線への不安やうつ症状から、子どもからお年寄りまで引きこもる傾向にあった。コロナ禍の生活も似ている。私たちは今、気付かぬうちに避難生活をしているのかもしれない。

 原発事故当初、放射線はたばこやアルコール、肥満などのリスクと比較されたが、ふさわしい比較対象ではなかったのではないか。福島県では、避難生活で体調が悪化したり、自殺したりした震災関連死が2300人を超えたことを考えると、本来は、長期の避難生活で体調を崩すリスクをまずは考えるべきだった。

 原発事故当初「逃げろ」「逃げろ」と言う専門家が多かったが、避難生活がここまで健康に影響を与えるとはなかなか予見できなかった。それが、原発災害の最大の教訓だと思う。現在のコロナ禍でも、自粛生活の長期化による影響には特に注意が必要だ。

東京電力福島第1原発事故で避難を余儀なくされた住民らが暮らす、県内最大の復興公営住宅=10日夕、福島県いわき市

 自粛生活も短期間なら必死に頑張れる。「ここまでやったら終わりだろう」と。昨年の緊急事態宣言の時はそうだったと思う。でも、これほど自粛期間が長いと、感染のリスクのみを強調しても、住民としては受け入れにくく、反発を招くかもしれない。福島でもそうだったが、政府など対策を呼び掛ける側は、リスクについて人それぞれ考えが違うことを念頭に置くことが大切だ。例えば、米国の疾病対策センター(CDC)は「『○○がダメ』というメッセージよりも、『○○ならOK』といった肯定的なメッセージの方が効果的だ」としている。

 新しい生活様式は、心身の健康に良いものではない。感染予防さえしていれば健康と考えるのは錯覚で、私たちは今メンタルヘルス的に不健康な生活をしている。対策は、手洗いやマスクに加え、3密を避けつつ、外出して日光を浴びる。運動してよく眠ることも重要で、心の健康だけでなく、免疫力も高める。

 また、誰かとつながっていることが大切だ。コロナ禍で「つらい」「気分が落ち込む」と感じるのは、むしろ正常な反応。情けないことと思わず、支援機関に相談したり、親族や友人らにその気持ちを打ち明けたりしてほしい。

 長引いた自粛生活中、少しでも人出が増えると「気の緩み」などと言われ、なんだか怒られてばかりのような気持ちになっていないだろうか? 行動したいと思うこと自体は健康の証し。そういう意味で、みんな本当によく頑張っている。よく自分をほめてあげてください。そうすると、もう少し頑張ってみようという気持ちになると思う。 

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 まえだ・まさはる 福岡県生まれ。久留米大医学部准教授を経て、福島県立医大教授。

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 えひめ丸事故 米ハワイ・オアフ島沖で2001年2月9日(日本時間10日)、愛媛県立宇和島水産高の実習船えひめ丸(499トン、35人乗り組み)が、緊急浮上した米原潜グリーンビルに衝突され沈没。実習生13人中4人と教員2人、船員3人の計9人が亡くなった。当時の森喜朗首相は事故の一報を受けた後もゴルフを続けて批判を浴び、退陣につながった。05年に米運輸安全委員会が公表した調査報告書は、体験搭乗の民間人が安全確認の妨げになったことなどが事故原因と指摘した。

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