羽ばたくチョウ

 天才とは何だろう。〈チョウを追っていつの間にか山頂に登っている少年である〉。米国の作家、スタインベックはこう詩的に表現したと、作家の晴山(はれやま)陽一さんの著書「すごい言葉」(文春新書)にある▲ただ一心に何かを追い掛け、気付けば山頂にたどり着く。平凡な身には実感をもって語れないが、美しく才華を開かせる人は真に無我夢中の人であり、上を向くことを習いとする人なのだろう▲有り余るほどの素質があり、ひたすら泳ぎに打ち込み、目を見張る結果を出してきたその人はしかし、「気付けば山頂」というわけにはいかなかった。競泳の池江璃花子選手(20)が直面した試練は、想像を絶する▲白血病と分かってから2年余りたつ。夢中で登ってきた山を下り、麓で治療に専念した。長期入院を経てなんとか実戦に戻り、2024年パリ五輪を目標に再起の一歩を踏み出した矢先という。日本選手権の100メートルバタフライで好記録を出し、東京五輪の切符をつかんだ▲「ここにいることが幸せ」と感じながら泳いだ、と語っている。メダルよりも何よりも「五輪出場」の4文字をこれほどきらきら輝かす人は他に思い浮かばない▲〈ひかり野へ君なら蝶(ちょう)に乗れるだろう〉折笠美秋(おりがさびしゅう)。羽ばたくようなバタフライ(蝶)は数知れない人に希望をもたらしている。(徹)

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