昨年7月6日、長崎県大村市福重地区。昼すぎごろから雨脚が強くなり始め、市消防団第11分団長の一瀬啓司さん(48)は出動に備えていた。市内ではこの日、1時間に94.5ミリという観測地点として過去最高の降水量を記録。複数の川が氾濫し、短時間の間に流域の道路が冠水していった。
同日午後3時ごろ、団員約30人が分団の詰め所に集まった。至る所で車の渋滞が発生し、団員は冠水した道路の手前で車を止めたり、迂回(うかい)させたりと交通整理に追われた。避難できない独居老人がいるとの連絡も入り、急いで確認に走った。
道路の水は夜のうちに引いたが、後に残ったのは大量の土砂。ダンプカー10台分ほどの撤去作業は深夜まで続いた。翌朝、会社勤めの団員は一睡もせずに職場に向かった。
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火災や災害の発生時に地域防災の要となる消防団。近年は全国で大規模災害が頻発し、その重要性が高まる一方で、団員の減少に歯止めがかからない。総務省消防庁は4月、新たな担い手を確保するため、出動時の手当見直しなどを全国自治体に通知。処遇改善に向けた動きが進んでいる。
「全く経験したことがない状況。でも、地域を守るために誰かがやらなければならない」。昨年7月、甚大な豪雨被害を受けた大村市福重地区。そこで災害活動に当たった一瀬啓司さん(48)は消防団員としての自負を口にした。
地元で農業を営む一瀬さんが分団長を務める市消防団第11分団は現在48人が所属。市条例に基づく定数72人を下回っている。団員の6割以上は勤め人で、平日の日中に出動要請があった場合、応じられる人数が限られているという。以前よりも地域のつながりが希薄化していると感じ、団員を増やしたくても「声を掛ける機会が少ない」と実情を打ち明ける。
「消防団は飲み会ばかりといった負の印象を持たれているのかもしれない。実際は地域のために懸命に活動している。増やすためにはもっとイメージアップが必要」と一瀬さん。さらに「手当を目的に入団する人はいないと思うが(金銭面の)処遇改善はプラス要素になるのでは」と話す。
■危機的状況
消防団員を巡っては、全国で2年続けて1万人以上減少し「危機的状況」(総務省消防庁)にある。県内は約1万9千人(2020年4月現在)。ピークだった約4万2千人(1956年4月)の半分以下だ。
新たな団員の確保と士気向上につなげようと、同庁は4月、消火活動や災害救助に従事した際に支払う手当を「出動報酬」と位置付け、1日当たり8千円を標準額とするよう全国自治体に通知した。
手当の金額は各市町が条例で定めている。県によると、火災出動の場合、県内では「なし」(東彼東彼杵町、北松小値賀町)~「1万1400円」(長崎市、活動4時間超の場合)と大きな開きがある。
処遇改善を話し合う同庁有識者会議の中間報告書は、出動手当の法的性格を「費用弁償」と考えている自治体が多いと指摘した。同庁は対価として認めるべきとの見解から、出動日数に応じた「出動報酬」を創設し、交通費などは別途支払うよう自治体に促している。
県によると、県内では現在、壱岐市と小値賀町を除く19市町が費用弁償として支給している。通知された標準額「1日8千円」に合わせるには、県内自治体の大半が現行からの引き上げを求められることになる。
■支払額に幅
出動手当とは別に、一般団員には「年額報酬」も支払われる。この標準額を同庁は3万6500円と定めた。県内の現状をみると、「1万7400円」(雲仙市)~「4万5千円」(小値賀町)とこちらも幅があり、見直しを迫られる自治体も出てきそうだ。
支給方法について同庁は、出動報酬と年額報酬のいずれも、団員個人に直接支払うよう自治体に求めている。
県消防保安室の宮崎良一室長は「地域ごとに事情が異なり財源の問題もあるが、まずは各自治体が消防団と協議を進めてほしい」とする。県はPR動画を作成するなどし、消防団のイメージ向上も図る。
自治体は、条例を見直し報酬の標準額を来年4月から適用するよう、同庁から求められている。県は24日、県内21市町の担当者によるテレビ会議を実施。国の財政措置の見通しや報酬の支給方法などについて意見を交わした。