新型コロナウイルスのワクチンが接種前の作業ミスにより廃棄されるケースが全国で相次いでいる。使用する米ファイザー製は取り扱いが難しく、長崎県内でも数件発生。希少なワクチンを無駄にしないよう細心の注意を払う現場の様子を取材した。
5月29日午後、西海市の西海スポーツガーデン体育館の集団接種会場には、お年寄りや介助する家族が続々と集まっていた。入り口から一番遠い個室に「ワクチン準備室」の紙が張ってあった。「作業中は話し掛けない」という条件で記者は入室を許可された。
市健康ほけん課所属の保健師、七瀬幹子さんが注射器にワクチンを充塡(じゅうてん)してみせ、医療機関から応援に来た看護師3人に説明した。「デリケートなので、ゆっくりと混ぜる」「今日までは1バイアル(瓶)から5回分。明日以降は6回分を採れる注射器に替わる」「1バイアルにつき、希釈用の生食(生理食塩液)は1アンプル(密封容器)。余った生食は捨てて」
壁一面に張られた手順書の前で、看護師は2人1組になって作業を始めた。「お願いします」「はい、大丈夫です」。声を出して採取量などを互いに確認。希釈後6時間以内に使い切る必要があるため、同時並行で進む接種のペースに合わせる。
主な手順はこうだ。▽解凍されたワクチンの瓶をゆっくりと10回反転させて混ぜる▽瓶のキャップを外し、ゴム栓の部分をアルコール綿で拭き取る▽生理食塩液1.8ミリリットルを注射器で瓶に注入し希釈▽再度、瓶をゆっくり10回反転▽接種用の注射器で0.3ミリリットルずつ採取する▽注射器にキャップをしてトレーに並べる▽トレーを遮光ビニールで覆う-。
看護師は日ごろ、薬液などを注射器に充塡する作業には慣れている。だが、このワクチンは保存や希釈に細心の注意が求められる。県内他市町では希釈時に瓶を取り違えるミスがあった。「いつも以上に集中した」「1回分も無駄にできない」。高齢者と医療従事者の計190人分を約3時間で用意し終えた3人は、緊張から解放され、ほっとした表情を見せた。
初めは1瓶に10分程度かかった作業時間も、最後は半減。記者が「慣れると速かったですね」とねぎらうと、看護師は「その慣れが危ないんですよ」とすぐに返した。
同市の集団接種は4月下旬から週3、4日のペースで進んでいる。この日、民間医療機関から応援に駆け付けた看護師は7人。市の保健師や看護師と協力しながら、接種や健康観察、予診、ワクチン準備などを担う。看護師は協力できる日を各自で申告し、市が参加日程を調整する。七瀬さんは「忙しい方ばかりなのに協力的。おかげさまで接種事業が成り立っている」と感謝した。
市内の65歳以上は約1万人で、うち約2割が1回目を終えた。全住民への接種が完了するのはまだ先だ。看護師たちの言葉には使命感がにじむ。「接種の割合を増やすことが住民の命を守り、必要な医療体制を維持することにつながる」「大変だけど、できる限りのことは続けたい」
「1回分も無駄にできない」 ワクチン準備ミス防止へ 現場に漂う緊張感
- Published
- 2021/06/02 09:20 (JST)
- Updated
- 2021/06/02 09:54 (JST)
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