複雑化する課題に対応 第8部 識者に聞く (4) 元英国家庭医 佐々江龍一郎さん

 英国では、社会的処方が全国的な広がりを見せている。家庭医らが患者の健康に影響する社会的決定要因に着目し、必要な社会資源へとつなぐ取り組みで、患者に適した資源を考え紹介する「リンクワーカー」という職種も存在する。NTT東日本関東病院の医師佐々江龍一郎(ささえりゅういちろう)さん(40)は、英国で家庭医として働き、社会的処方も実践してきた。

 「英国は包括的な医療が特徴の一つだ。日本とは異なり、患者が地域にある一つの診療所に登録して通い続けることになるため、担当する家庭医があらゆる相談を聞く。仕事のストレスならカウンセリングにつないだり、肥満に悩む子どもは栄養士につないだりと、医療・非医療の線引きではなく問題解決に挑むことが重要視される」

 「医療分野でも、社会的な課題と切っては切れない関係の問題が増えている。医療機関だけでは解決が難しい。複雑化する問題に対応する一つのツールが、社会的処方だと思う」

■ニーズの把握

 英国にいた頃、70代男性患者を担当した。肺に病を抱えていたが、妻の死を契機に孤立を深めた。眠れなくなり、定期的な服薬もできず、重度のうつに陥った。そこで、地域のリンクワーカーを紹介した。

 「男性の自宅に歴史の本がたくさんあることに気付いたリンクワーカーは、地元の歴史愛好会につなげた。3カ月後、愛好会の友人と交流を深め、服薬の問題も改善。友人のつてで再就職も実現した。社会に出る自信を得ることができた」

 「リンクワーカーの重要な役割は、患者の複雑なニーズを引き出してケアプランを作成することだ。孤立してうつ病になっているなど、特にニーズが高い患者が対象となる。医師が電子カルテから直接サービスにつないだり、インターネットから患者自身につながってもらったりすることもある。地域とのつながり方はさまざまだ」

■検証も必要に

 英国の医学部では、患者とのコミュニケーションについて学ぶ機会が多い。

 「患者のニーズをどう把握し、対応するかが重要で、試験でも評価される。患者と情報を共有し、一緒になってベストな選択肢を選ぶ『エンパワメント』という理念もある。例えば、生活習慣病の患者に対して、自分でケアをするということを学んでもらうのに大切な視点になる」

 一方、社会的処方の質についても、検証していく必要があると考える。

 「軽度のうつ病に運動が効果的というデータがあっても、具体的にどんな運動が良いのか、研究が不足している。質の標準化がされていない社会的処方は、良しあしが分からない。そこは英国も気を付けている部分でもある。データについての評価をしっかりやっていくべきだ」

 【プロフィル】2005年、英国ノッティンガム大医学部卒。英国家庭医診療専門医。17年からNTT東日本関東病院で総合診療医として勤務。同病院国際診療科部長。

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