「心を開けないまま終わるのは嫌」極度の人見知りだった元侍J左腕が見つけた指導法

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昨年限りで現役を引退した高橋朋己さん【写真:球団提供】

高橋朋己さんは今年、ライオンズアカデミーのコーチに就任

西武で8年間プレーし、2020年に現役を引退した高橋朋己さん。怪我との戦いだった現役生活を終え、2021年からはライオンズアカデミーのコーチとして新たな人生を歩き始めた。

2014、2015年にはクローザーを担ったものの、2016年に左肘内側側副靭帯再建手術(トミー・ジョン手術)を受け、復帰後の2018年には左肩を痛めた。怪我の連続だったが、アカデミーでの授業では自身の経験を伝えるよりも野球を楽しんでもらうことを心がけている。

「子どもたちはまだ肩ができていませんが、アカデミーのプログラムでは、投げる・打つなどの1つのメニューを15分ほどのローテーションで回しているので、投げすぎの心配はありません。連投や投球数の問題は(アカデミー生がそれぞれ所属している)チームで教わることだと思っています。アカデミーでは一緒に授業を楽しむことを大切にしています」

侍ジャパンにも選出され大舞台も経験している高橋さんだが、極度の人見知りで子どもたちの前に立つのも緊張するという。手探り状態で指導をスタートさせたが、友人になることを意識して進んで声をかけるようになった。

「心を開けないまま終わるのは嫌です。名前を呼ぶと、話すのが苦手な子も嬉しそうにしてくれる。人見知りがすごいのでなかなか名前を呼べなかったんですけど、反応が分かってからはなるべく名前を呼んで話しかけるようにしています」

昨年限りで現役を引退した高橋朋己さん【写真:球団提供】

「『できる子』より『できた子』になってほしい」

コロナ禍で外出が制限される日々が続いており、家にこもりがちになるが、アカデミーの授業を通じて身体を動かすことの楽しさを知ってほしいと話す。

「今はインターネットやSNSをする時間が多くなっていると思います。公園でもボール遊びが禁止されている場所もありますが、野球じゃなくても、サッカーでも鬼ごっこでも何でもいいので、外で思いっきり遊んでほしいと思います。アカデミーでは野球を教えますが、身体を動かす楽しさを知るきっかけになってくれたらと思っています」

左肩痛のため2018年のオフには育成契約となったが、球団はそれまで着けていた背番号「43」を空き番にして復帰を待ってくれた。引退時には、育成選手には異例の引退試合とセレモニーが行われた。そんな球団に尽くしたいとアカデミーコーチの話を快諾した高橋さんは「敬意と感謝の気持ち」を持つことの大切さを伝えている。

「『できる子』より『できた子』になってほしいです。『できる子』は言われればできますが、言われなくても自然とできてしまう『できた子』になってほしいです。あとは、常識をわきまえて敬語を使うように。常に『礼を尽くす』です」

食事やトレーニングの勉強を重ね、懸命にリハビリに取り組んできた高橋さん。第二の人生も子どもたちに真摯に向き合い、野球の楽しさを伝える忙しい日々を送っている。(篠崎有理枝 / Yurie Shinozaki)