「知の巨人」死去

 取材したり、論文で読んだりした山ほどの“事例”で、その分厚い本は埋め尽くされている。生死の境にいたとき、光が自分を包み込んだと言う人。病室の天井あたりから、病に伏す自分を見下ろす「体外離脱」をしたという人…▲数々の不思議な体験例を挙げて、最後に〈基本的には脳内現象説が正しいだろう〉としながらも〈現実体験説が正しいのかもしれないと、そちらの説にも心を閉ざさずにいる〉。筆者の立花隆さんはそう書いた(「臨死体験」文芸春秋)▲調べ尽くし、考え抜き、なお答えに手が届かなかったら、それを率直に明かす。ずっと前に読みふけった本を繰りながら、事実や真相を丹念に、無心で追った人なのだと、改めて目を見張る▲長崎市出身の評論家、立花さんが4月に亡くなっていたことが分かった。享年80歳。宇宙、脳、生と死、政治、歴史と、手掛けた分野は数限りない▲若い日、原水爆禁止運動にのめり込んだ。やがて距離を置いたが、70歳を超えて原爆、戦争体験を引き継ぐ大切さを訴えるようになる▲戦争を語った著書にこうある。〈筆舌に尽くしがたい現実から生まれてくる言葉には、力があります〉。残された小説、詩、ルポ、手記などが心から心への懸け橋になる、と。「知の巨人」は言葉の限りない力を信じた人でもある。(徹)

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