「お見舞い」から30年

 体育館の窓には洗濯物が干されている。そこへお二方(ふたかた)が軽装でやって来られた。お一方は腕まくりのワイシャツ姿で。もうお一方は、地味なツーピースで▲災害が続く“現場”で人々と対面するのは前例のないことだった。1991年7月10日、天皇、皇后両陛下(今の上皇ご夫妻)が雲仙・普賢岳の被災地を訪ね、住民の避難先や仮設住宅をお見舞いされてから、きょうで30年になる▲「体を大事にしてください」。避難所の体育館では床に膝をついて話し掛けられた。皇后さまが体育館の中を行きつ戻りつし、「迷子になっちゃったわ」と言って笑いを誘った-と、迷子になるほど熱心な様子を、当時の本紙は伝えている▲被災者と同じ高さの目線で手を握り、言葉を交わす。阪神、東日本の大震災でも目にしたお姿の原点は、30年前の島原半島にある▲「予想せぬ困難に直面した時代でもありました」と上皇さまは近年、自然災害が絶えなかった平成を述懐されている。人々に寄り添い、励ます「平成流」は、天災が列島を襲うごとに、心痛を深めるごとに、培われていったのだろう▲大雨に土砂崩れ、土石流と、天災はいま目の前にあり、「予想せぬ困難」が途切れることはない。誰かの痛みに思いを巡らし、心を傾けているかと、あれから30年の日に自問してみる。(徹)


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