東京五輪が開幕

 「木の枝」という一編を詩人の杉山平一さんは残している。〈若いときは/背のびをすると/本当に高くなることがあります〉。自分を大きく見せようとして、身の丈を超えるようなことをする。やっているうちに本当に背が伸びる。人の成長期には、そんなこともあるのだろう▲57年前の日本もまた、汗だくで経済成長の坂道を上っていた。まだ豊かとはいえない当時、初の東京五輪は日本が爪先立って背伸びをした祭典だったろう▲開会式で聖火リレーの最終ランナーを務めたのは、広島原爆が落とされた日に広島県に生まれた青年、坂井義則さん(故人)だった。掲げたトーチは、平和あってこその五輪だと告げたに違いない▲戦後復興の道を進む日本人に、東京五輪はどれほど励みを与えたことか。背伸びの時を経て、やがて日本の背丈は本当に伸び、豊かさを手にした▲成長期をとうに終えたいま、2度目の東京五輪は日本人の胸に何を刻むのだろう。「コロナに打ち勝った証し」「世界の団結の象徴」と勇ましい大義が言い放たれたまま、五輪が幕を開けた▲拍手も歓声もない開会式はやはり寂しかったが、競技の感動はきっと心に残る。ただ、日本の「これまで」と「これから」を分かつような大会になるのか、開幕のシーンを見ても予感を抱けずにいる。(徹)

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