【ソフトボール】鉄腕・上野由岐子「金メダルへの389球」で実証したストイックさと投球術の進化

金メダルを持ち笑顔の上野由岐子

絶対的エースの〝スゴさ〟とは――。東京五輪のソフトボール決勝(27日、横浜スタジアム)は、日本が米国に2―0で勝利し、2008年北京五輪以来の金メダルに輝いた。チームを引っ張ったのは、4試合で389球を投げ抜いた鉄腕・上野由岐子(39=ビックカメラ高崎)だ。〝伝説の413球〟から13年。年齢を重ねても、世界一の投手として活躍し続けられるのはなぜか。上野をよく知る2人がその秘密を本紙に明かした。

13年分の感情があふれ出た。上野が最後の打者を捕邪飛に抑えると、全員が上野のもとへ一直線。右手人さし指を横浜の夜空に突き上げた。全員が口にしてきた「金メダル獲得」を現実のものにした。試合後、宇津木麗華監督から「ありがとう」と声を掛けられた上野は「今まで迷惑をかけてすみませんでした」と謝罪。20年以上の付き合いがある2人だからこその言葉を交わし、涙ながらに抱き合った。

涙の裏には壮絶な努力が隠されていた。「若い時のように、寝たらすぐ治るというのはない」。当たり前のように連投ができたのは以前の話。30代以降は、何度もケガと戦ってきた。2014年春に左ヒザ軟骨の損傷が判明。19年4月の試合中には、ピッチャーライナーが顔面を直撃。下顎骨骨折で全治3か月の重傷を負った。いずれも競技人生を左右するような大ケガ。それでも、上野はあきらめなかった。「集大成」と位置づける東京五輪で最高の投球を披露するため、リハビリ、投球フォームの改造、やれることはすべてやってきた。

宇津木監督は「一般の人ならこの年齢までプレーするのは無理だと思う。でも、上野は一般の人ではないので。(米大リーグで活躍した)イチローだってあの小さい体で40歳を過ぎてもプレーしていた。やっぱりどれくらい普段から自己管理できているかが大事。そういう意味で上野の自覚は普通の選手とは違う。たぶん上野もいろいろ我慢しているんじゃないかな。お酒を飲みたいときや遊びたいときもあると思うけど、これはやっちゃいけないとかがあると思う。そういうところもすごい意識して生活している」。イチロー氏ばりのストイックさで肉体を徹底管理してきたという。

今の自分には足りないものは何か。常に自問自答も繰り返してきた。13年の時を経て、上野はさらなる進化を遂げている。北京五輪の優勝バッテリーで代表戦士の峰幸代捕手(トヨタ自動車)は円熟味の増した投球術をこう表現する。

「自分のスタイルを逆に確立していない。上野さんは体のコンディションや対戦相手によって、このボールのほうが使えるとかを見極めて、その日によってスタイルを変えられる。そんな投手は上野さん以外にいない。本当にすごい。話をしていても結構面白い方だし、1+1=2っていう考えじゃなくて、1+1=2以外にも『いろいろ答えはあるんじゃない?』みたいな性格というか、そういう考え方ができる。頭の柔軟性が他の選手より高いですよね」

まさに変幻自在。自分の体と相談し、相手の特徴を分析。「何球でも投げられた昔とは違う」。どうやったら効率よくアウトを奪えるのかを考えるようになった。三振を狙うのか、打たせて取るのか。状況に応じたベテランらしい投球を身に付けた。

3年後の24年パリ五輪では、ソフトボールは開催されないが、28年ロサンゼルス五輪で再び復活する可能性もある。「その時まで私が投げていたら、再度マウンドに立つことはあるかもしれません」。衰えることのないソフトボールへの熱意。この飽くなき向上心がかつてないドラマを生み出した。

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