日経平均は「年内に3万円回復」、日本経済が直面している“節目”とは

7月の世界の株式市場で、株価は比較的堅調な推移をたど辿りました。米国では主要株価指数が再び最高値を更新し、欧州でも独DAX指数が高値を塗り替えました。6月の米FOMC(米連邦公開市場委員会)直後には、米国での金融引き締め前倒しに対する警戒感から、世界の株式市場が一時的な動揺を見せる場面もありました。

しかし、それが必ずしも米FRB(連邦準備理事会)のコンセンサスではないことが判明すると、米金利は低位で安定し、株式市場も落ち着きを取り戻しました。低金利下での今後の着実な景気回復への期待が、株価をもう一段押し上げたかたちです。

一方で、日本を中心とするアジアの株式市場は、経済再開の遅れなどを理由に冴えない展開となり、株価は欧米のパフォーマンスに見劣りした状態にあります。ただ、こうしたパフォーマンスのギャップが、いわゆる「ワクチン格差」の結果としての「景気格差」によるものならば、いずれ、その問題は解消に向かうと見込まれます。ワクチン接種は時間さえかければ、遅れを埋め合わせることは十分可能で、「経済再開」は世界中に広がっていくと予想されるためです。

今のところ、米FRBは急激な金融引き締めを回避する方向で、市場との対話に成功しており、米国市場での「適温相場」継続の条件は整っているように思えます。短期的に相場が変調をきたすことは考えにくいでしょう。

日本株については、新型コロナの感染再拡大により、目先の経済活動の萎縮が気になるところですが、その一方で、ワクチン接種は着実な広がりを見せており、いずれ状況は好転に向かうと予想されます。悲観的な方向に、バイアスをかけることは、むしろ相場反転時のリスクを高める可能性があります。


米FRBのメッセージが一定の効果を発揮

7月に入ってからも好調さを維持する米国株ですが、背景にあるのは景気回復期待もさることながら、長期金利の低位安定と考えられます。6月はじめに1.6%台にあった米10年国債利回りは、7月中旬には一時、1.2%割れまで低下しました。米金融当局内では、金融引き締めを前倒しすべきとの意見は未だ少数派で、パウエルFRB議長を中心に、緩やかな引き締めを主張する見方の方が勝っているもようです。

その根拠となっているのが、(1)インフレ(物価上昇)の加速は一時的なものであり、(2)雇用をはじめとした経済の正常化も道半ば、との考え方です。

6月の米消費者物価指数CPI(総合)は、前年同月比+5.4%と、事前の市場予想を大きく上回って着地しました。それでも市場の反応は冷静で、株式・債券市場ともに、相場の変動は限定的なものにとどまっています。

今の米国では生活の至るところに、価格上昇の波が押し寄せていますが、あくまでもそれは、「経済活動の活発化に伴う短期の供給制約によるもの」との解釈が浸透しているようです。「一過性のインフレ加速」と主張してきた米FRBのメッセージが一定の効果を発揮しているとみられます。しばらくの間はFRBによる投資家マインドのコントロールが、市場の安定に奏功しそうです。

他方、米国の雇用に関しても、非農業部門の雇用者数(2021年6月)は、コロナ前と比較して今なお600万人ほど少ない状態にあります。米国では秋以降の雇用急回復の可能性を指摘する声もありますが、仮に月間100万人ペースで雇用者が増加しても、元の水準に戻すには半年ほどかかる計算です。

また、実際に秋の雇用拡大を確認できるタイミングも、年終盤になると予想され、金融政策変更の判断には、それなりの時間がかかると思われます。現在の米国株は、こうした「緩やかな金融引き締め」シナリオに沿ったかたちで推移していると解釈されます。

米企業業績のモメンタムが強まるか注目

8月の焦点は、4~6月期の決算発表の着地と、ジャクソンホールでの経済シンポジウムあたりを指摘できますが、後者については、米国株の変動性を高める材料にはならない可能性があります。

従来は、同会合がFRBによる資産買取縮小(テーパリング)の重要な岐路になると見られていましたが、すでに6月FOMC後に当局者の見解は一通り示された状態にあります。それを踏まえた上での足元の低金利であり、早期の金融引き締めに対する警戒感はすでに、ある程度のガス抜きが進んだと考えられます。8月のジャクソンホール会合で、市場を動かす新たな材料が出現する可能性は限定的と見ています。

他方、前者の4~6月期決算については、事前の市場予想でS&P500全体では7割を超える増益(前年同期比)が見込まれています。場合によっては、さらなる上振れも期待されるところです。とはいえ、過去の実績となった4~6月期の好業績は、足元で高値を付けた株価に十分織り込まれている可能性があります。

より重要な視点は、終わった四半期よりも、この先の業績動向にあり、向こう12か月間の業績見通しが、さらにモメンタムを強めていけるかどうかがポイントとなります。思惑通りにここから先の業績回復期待が高まるようなら、本格的な業績相場入りが現実味を帯びてくるでしょう。

日本もワクチン接種進めば景色は変わる

7月の日本株は日経平均株価が一時28,000円を割り込みました。東京都での新型コロナの感染再拡大とそれに伴う緊急事態宣言の再発出、さらには都議選での与党の不振(敗北)による政治不安などが、相場に暗い影を落としているもようです。しかしながら、ここから先、日本株が大きく崩れるとは考えにくく、一定の底堅さを見せると予想します。

ワクチン接種に関しては、一時的な供給量の調整に入っている段階ですが、いずれまた供給が確保され、順調に接種が進めば、反比例するように新規の感染者は抑制されてくるでしょう。

現在、日本では、高齢者中心に接種が進められた結果、一度でもワクチンを打ったことがある人の割合は、全人口比でおよそ3割に達しています。この水準は米国で経済再開ムードが一気に高まったときの水準に等しく、日本でも経済を取り巻く景色が大きく変わってくることを予感させる節目となります。数か月先の日本国内の景況感は、今の米国が歩む姿に限りなく近づく可能性もあります。

都議選での与党敗北がケガの功名に?

7月の都議選では、与党自民党が期待された議席を十分に確保することができず、「失地回復」とはなりませんでした。現在の東京都における感染状況を見れば、有権者からの風当たりの強さはやむを得ない面もあるでしょう。ただ、秋に控える国政選挙の前哨戦となる都議選で、連立与党が厳しい現実を突き付けられたことは、菅政権にとっては、かえって良かったのかもしれません。なぜなら、政府が的確に現実を把握できたことで、衆院選の課題が浮き彫りになったと考えられるためです。

適切な対策(感染対策の強化や大規模な景気対策の策定)のもとで、衆院選に臨むことができれば、与党が歴史的な大敗を喫すリスクは減退されるでしょう。政治の安定は相場の安定に必要不可欠な要素ともいえ、無難な通過が望まれます。秋の選挙を波乱なく乗り切ることができれば、経済再開の波とともに、年末に向けた日本株には、出遅れの挽回が期待できると思います。

日本株(TOPIX)の12か月先予想PERは、前月からさらに低下して15倍台前半の水準にあります(7月26日時点)。かたや、米国株(S&P500)の予想PERは21倍台の後半で、日本株を大きく引き離しています。両者の差が6ポイント以上開く状態は、あまり例がなく、15倍台という絶対水準もさることながら、米国株と比較した相対感でも、日本株は割安な状態に置かれていると判断できます。

以上から導かれる結論は、これまでと変わらず、ワクチン格差によって生じた株価パフォーマンスの格差は、時間さえかければ、埋め合わせ可能と考えます。その結果、日経平均株価は年内に再び3万円の大台を回復すると予想します。

<文:チーフグローバルストラテジスト 壁谷洋和>

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