【解説】資金は12兆円、サムスンはどこを買収するか? ルネサスは?

■3年以内に買収を検討

韓国サムスン電子がどの企業を買収するかをめぐって、周囲が騒がしくなっている。

ロイターは1日、サムスン電子が今後3年以内に買収する企業候補としてNXPセミコンダクターズ(NXP)、テキサス・インスツルメンツ(TI)、マイクロチップ・テクノロジーの3社を取り上げた。

これは、サムスン電子のIR担当ソ・ビョン副社長が第2四半期(4~6月)の業績発表後カンファレンスコールにおいて、「3年以内に意味のあるM&Aを推進することについて肯定的にみている」と述べたことを受けての報道だ。参加者からM&Aについて質問を受けたソ副社長は、「AIや5G、電装などを含めて、新たな成長動力と判断された様々な分野について積極的に検討している」と答えた。

■ルネサスはどうなったか?

サムスン電子は今年1月28日のカンファレンスコールにおいても、M&A推進を示唆した。その直後である31日、韓国の有力経済紙「韓国経済新聞」が、サムスン消息筋などへの取材をもとに、買収候補に挙がっているのはNXPとTI、そして日本のルネサスであると報じた。この報道が日本にも伝わるや、ルネサスの株価は上昇した。しかし、その後の韓国メディア報道では、「本命はNXP」との見方が大勢となった。ルネサスは日韓関係の悪化のなか、企業文化の違いもあり難しいだろうとの分析からだ。

(写真:サムスンのEUVラインのある平沢工場)

ただ、2月以降は、この類の報道は徐々に減り、そのうちパッタリと止んだのだが、先月、インテルが半導体受託(ファンドリ)大手「グローバルファウンドリーズ」(GF)の買収交渉を進めているとの報道が出た後から、また賑やかになり始めた。

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■12.4兆円の「実弾」

朝鮮日報は4日、サムスン電子が約130兆ウォン(約12.4兆円)のキャッシュを保有していることから、「使いもしないで貯めこんだ130兆…サムスン電子が自動車半導体をまた狙う」という見出しのもと、「潤沢な実弾(キャッシュ)を保有したサムスン電子は積極的にM&Aに乗り出すとの方針だ」と報じた。続けて、光復節(8・15)での仮釈放説が出ているイ・ジェヨン(李在鎔)サムスン電子副会長が出所するタイミングで、「サムスン電子が、これに合わせて投資とM&Aの計画を明らかにする可能性がある」という予想が一角にあると伝えた。

あくまで予想だ。予想というより期待と言うべきだろう。韓国ナンバーワン企業であり、株式市場の要でもあることから、証券業界も含め多くの注目を浴びるのも理解できる。たしかしに、企業にとっては、期待値も重要だ。SKハイニクスも含むライバル社が期待値を高めるなか、サムスンだけが既存値に留まれば、相対的に期待値を下げることになる。

(写真:8月15日の仮釈放が噂されるサムスン電子イ・ジェヨン副会長)

もちろん、サムスン側のM&A示唆発言は、企業の威信を落とさないため、株価対策も絡んだ「プロパガンダ」の可能性だってある。1月18日にイ副会長が収監され、その10日後のカンファレンスコールでM&Aの示唆をし、メディアにもそれらしい情報をリークする。それぐらいの可能性は織り込んで良いだろう。

■買収へのハードル

車載半導体メーカーの買収については、高い安全基準を要求されるわりに、それほど旨味がないと、韓国のエレクトロニクス専門家らは指摘する。確実にメリットがあるのは、世界的な車載半導体不足で生産台数が減っている現代自動車だろう。現代自動車が自ら車載半導体の生産体制を整ようとしているとの報道も出ているが、専門外の現代車がやるより、(韓国政府を動かして)サムスンに安定供給してもらった方が良いに決まっている。韓国の自動車業界企業らで構成する韓国自動車研究院(KATECH)も「ヒュンダイ自動車とサムスン電子の直接的な協力が必要だ」と7月に発表した報告書で言及している。

M&Aに長けたSKグループに比べると、サムスンのそれは地味に映る。大きな動きといえば、2017年に80億ドルで引き入れたハーマン・カートン買収があるが、ハーマンは昨年も赤字となり、相乗効果がまだ可視化されていない。

いずれにしろ市場やメディアが期待するような大型買収にサムスンは傾きづらい。特に半導体関連ではそうだ。大型買収には利害の絡む各国政府の許可が必要となる。米中覇権闘争で半導体産業へのナショナリズムが高まる中、企業同士の利害は二の次となる。

■買収より分社

サムスンの場合、買収より分社化の方が効果的でだろう。特にファウンドリ部門がそうだ。同事業で台湾TSMCの背中を追いかけるサムスン・ファンドリだが、ほとんど差を詰められずにいる。背景には、自らもSoCを作るサムスンに対し、発注元のファブレス(設計専門企業)側が情報流出を恐れ委託しにくいという事情があると、これまで度々指摘されてきた。ファンドリ部門の分社についてサムスンは否定的な反応しかこれまで見せていない。しかし、下手な買収よりも、ファウンドリの分社の方が、非メモリ部門の生産シェアを高める上で効果的な策だろう。

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