【レースフォーカス】濡れる路面状況と減っていく周回数のなか、分かれた選択と明暗/MotoGP第11戦オーストリアGP

 MotoGP第11戦オーストリアGPの決勝レース終盤の雨と濡れていく路面は、ライダーを悩ませた。ピットに入ってレインタイヤを履いたバイクに乗り替えるべきか、そのまま走り続けるか……。その選択は分かれた。それぞれのライダーを追ってみよう。
 

■バイクの乗り替えを選択したライダーたち

 決勝レースのスタート前、雨はわずかに落ちていたようである。ジョアン・ミル(チーム・スズキ・エクスター)のヘルメットのシールドに、わずかに雨粒が落ちているのが確認できた。そして、レースがスタートすれば、1周目で白旗が振られ、バイクの乗り替えが可能となった。いわゆる『フラッグ・トゥ・フラッグ』だ。
 
 MotoGPクラスでは、レース中に白旗が提示された場合、状況に適したタイヤを装着したバイクへの乗り替えが許可される。たとえば、ドライコンディションからウエットコンディションに路面が変化した場合に、ピットインしてスリックタイヤを履いたバイクから、レインタイヤを履いたバイクに乗り替えることができるというものだ。
 
 ただ、レースはドライコンディションとして進んでいった。全ライダーはスリックタイヤを履いてスタートし、そのままレースを続ける。変化が訪れたのはレース終盤だった。すでに残り周回数は5周というところだ。
 
 ここで、いち早くバイクの乗り替えを決断したのがジャック・ミラー(ドゥカティ・レノボ・チーム)で、その後方を走っていたアレックス・リンス(チーム・スズキ・エクスター)がそれに続いた。ただ、まだタイミングが早かった。

「きっとピットに入るのが早すぎたんだ。計画的なピットインではなかった。コース上では最悪の状態で、グリップがなく、(他のライダーに)交わされてしまった。僕がアウトラップで、ほかのライダーがまだスリックのときに雨が降っていたら、僕はちょっとでもタイムを上げられたんだろうけれど、1周早かったんだね」と、ミラーはピットインのタイミングについて語っている。

 リンスも「ミラーがピットに向かったので、僕も彼と同じタイミングでピットに向かうことにしたんだけどね。そのあとの2周、特に3コーナーの進入あたりで少し雨が止んでいたから、すごく残念だよ」と述べた。
 
 レインタイヤを履いたミラーとリンスのタイムは25周目で1分33秒から34秒台。一方、この二人とそれ以前にポジションを争っていたスリックタイヤ勢、イケル・レクオーナ(テック3・KTM・ファクトリーレーシング)は1分32秒台だった。状況はかなり流動的だったようだ。ミラーは11位、リンスは14位でレースを終えている。
  
 そして、残り3周に入るところで先頭集団の5人が一気にピットイン。マルク・マルケス(レプソル・ホンダ・チーム)、フランセスコ・バニャイア(ドゥカティ・レノボ・チーム)、ファビオ・クアルタラロ(モンスターエナジー・ヤマハMotoGP)、ホルヘ・マルティン(プラマック・レーシング)、ジョアン・ミル(チーム・スズキ・エクスター)がバイクを乗り替えた。そしてこのとき、やはりトップグループで走りながらもただ一人、スリックタイヤで走ることを決めたのが、優勝したブラッド・ビンダー(レッドブル・KTM・ファクトリーレーシング)だ。ビンダーについてはこちら( https://www.as-web.jp/bike/728533 )の記事で詳しく触れている。
 
 終盤、同じタイミングでバイクを乗り替え、レインタイヤで走行したライダーのなかでも、さらに明暗が分かれたことは興味深いところだ。この先頭集団のなかで、バニャイアとマルティンは最終ラップでスリックタイヤ勢を交わし、それぞれ2位、3位で表彰台を獲得。ミルは4位でフィニッシュしている。
  
 一方、15位だったマルク・マルケスは「ピットに入ったのは安全な決断だったと思う。通常は1番手のライダーがピットに入ると残りのライダーもそれにならうから、僕はレースをリードしようとしたんだ」と、状況について説明した。マルク・マルケスは残り2周の1コーナーで転倒。そのとき、1コーナーは雨がひどい状況だったという。
 
 クアルタラロは7位フィニッシュ。チャンピオンシップでランキングトップにつけるクアルタラロは、終盤のコンディションのなかでそれが頭をよぎった。
 
「今年初めて、(レース中に)チャンピオンシップのことを考えたよ。かなりリスクがあったから、転倒はしたくなかった。マルクが転倒したときに僕は1コーナーで、もう少しで(レースに復帰しようとしていた)彼に接触するところだった。そのとき、チャンピオンシップについて少し考えたんだ」と、確実な完走を選んだことを明かしていた。

■スリックタイヤでのレース続行を決めたライダーたち

 対して、スリックタイヤでレースを走り切ったライダーもいた。周回数が少ない終盤に変わった状況だけに、選択肢は分かれ、スリックタイヤ勢とレインタイヤ勢が入り交じった結果になっている。上述のように、ビンダーはスリックタイヤのまま走り、優勝している。
 
 8人のスリックタイヤ勢のひとりがバレンティーノ・ロッシ(ペトロナス・ヤマハSRT)で、残り2周ではやはりスリックタイヤ勢のルカ・マリーニ(スカイ・VR46・アビンティア)、レクオーナとポジションを争っている。ロッシは8位でフィニッシュした。
 
 長いレース経験を持つ、さしものロッシであっても、ウエットコンディションをスリックタイヤで走る今回のような展開のレースは初めてだったという。
 
「雨がだんだん強くなっていって、最初は3コーナーと6コーナーが問題だった。残りはドライだったよ。でも、最終ラップでは状況はほんとに難しくて、バイクはどこでもスピンし始めるし、すぐにミスしてしまいそうだった。ものすごくスムーズに走らないといけなかったんだ。でも、残り5、6周でピットインしたくなかった。ピットインしたら1分くらいロスするからね」

 ちなみに、若いライダーたちと競い合ったレースについて触れ、「ポジション争いを楽しんだよ。そして最後には、彼らは僕を叩きのめしたんだ! 問題は、僕が彼らの2倍の年齢だってことだよね。レクオーナと弟(ルカ・マリーニ)の年齢を足して、僕と同じ歳になるんだよ(笑)」とも。マリーニとレクオーナは、ロッシを交わしてフィニッシュしている。レース後にはロッシがマリーニやレクオーナと肩を叩き合い、健闘を称えていた。
 
 中上貴晶(LCRホンダ・イデミツ)もスリックタイヤで走り切った一人で、13位完走。雨が強くなっていったとき、コースのコンディションは場所によって異なっていたという。だが、残り周回数は少なく、それがさらに判断を難しくした。
 
「バイクを乗り替えるタイミングを考えましたが、残り2周だとわかって、このままスリックタイヤで走ることにしました。路面が濡れていたので、スリックタイヤで走るのは大変でした。転倒しないよう、変なミスをしないようにしました。13位という結果は不満ですが、レース中にはベストを尽くしました」

 タイミング、選択、そのときに走っていたポジション……、様々な要因が入り交じったオーストリアGPとなった。

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