【読書亡羊】中国分析の「解像度」をあげていこう! 中川コージ『巨大中国を動かす紅い方程式』 その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする週末書評!

「中国崩壊」願望は目を曇らす

前回(下記リンク参照)取り上げたような「もうほとんど中国の言い分と一体化してしまった本」もなかなか問題だが、「中国は悪! 強大! 中華思想で拡大! しかしいずれ崩壊する!」といったトーン一辺倒の本にも、やはり弊害があると言わざるを得ない。

一時の爽快感を得られはしても、それが中国の実相に迫っているかといえば、必ずしもそうは言い難い面がある。

善悪の結論ありき、あるいは「中国は崩壊してほしい」という願望から始まるのではなく、客観的な観測を積み上げた中国分析本、しかも一般書で読みやすい書籍はないものか?

今回取り上げる中川コージ『巨大中国を動かす紅い方程式 モンスター化する9000万人党組織の世界戦略』(徳間書店)は、まさにそうした一冊として読者諸兄にお勧めしたい。

【読書亡羊】まるで中国要人の主張を読んでいるみたい 富坂聰『「反中」亡国論』 | Hanadaプラス

反中ではなく、知中・賢中へ

「実は中国という国自体には全く興味がない」ながら、北京大学大学院で日本人初の「経営戦略学」博士号を取った著者が、専門である「組織戦略論」的視点から中国共産党という九千万人を擁する巨大組織を分析した本書。

というとなんだか難しそうだが、ちょっとクセになる独特の語り口で、わかりやすく説明してくれるため、すんなり情報が入ってくる。

そしてそのスタンスは、〈日本に様々な形で影響を及ぼす巨大なチャイナを知るために、少しでも感情論や思い込みを抑えて「知中」になっていきましょう。まずは我々日本人のひとりひとりがチャイナを理解して「正しく恐れ」「正しく競争する」ベースを作ってゆくことができたらいいな、と思っております〉 という、まさに「知中」であり、そこから「賢中」の域に達しようというものだ。

本書の情報量は多く、一般書としては異常なレベルなのだが、この語り口のおかげで、「え、そうなの」「なるほどそういうことなのか!」という、驚きと納得が得られる。

組織論的に分析する「中国共産党」の実態

例えば、「中国共産党を中国社会はどう位置付けているか」。

テクノロジーと人海戦術で監視網を張り巡らせ、人民の暴動、党への反乱を防ぎ、党の意向に背けばたちどころに拘束されるという暗黒社会を国民に強いる悪玉組織のように考えがちだ。

中川氏も〈党に歯向かうものには容赦しないという怖い顔を持っている〉としながら、〈エキセントリックな手法は最早望まず、安定的な統治に腐心している存在ととらえた方が実際に近い〉と、共産党が併せ持っている性質をドライに解説している。

え、そうだろうか、と思うかもしれない。この共産党の仕組みに関してはぜひ本書を読んでほしいが、読めばその疑問は「なるほどそういうことなのか!」という感触に変わるはずだ。また、中国共産党という存在が、私たちにとっての自民党や共産党のような「政党」の在り方とは根本的に違うことにいまさらながら気づかされもする。

こうした捉え方をするからといって、もちろん中川氏が中国的統治を「民主主義よりも優れたものである」とか「強権的でなく自由で素晴らしい社会だ」と肯定的に評価しているわけでは全くない。

「頭ごなしの否定以外の中国分析」を「こいつ、親中か?」と感じてしまうようならば、それは読み手側のチューニングが必要だろう。そうした「霧」は対中分析を誤らせ、ひいては日本という国を危うくしかねない。

そうした「霧」が、「自由のない中国社会ではイノベーションは起こせない」などという、今では誤りだったことが明確になった「希望的観測」を生むことにつながるのだ。

米中対立とデジタル人民元

全編、赤線を引きまくりたくなる衝動に駆られるが、とりわけ第三章の「軍」と「媒体(メディア)に関する解説は必読だ。

また最終章では、「米中新冷戦」ならぬ、「米中新混沌」と題し、米ソ冷戦時代とは全く異なる構造を持つ現在の米中のあり様を解説。その中で中国がアメリカを超える、あるいはアメリカの干渉を軽減するためのひとつのツールとして用意している「デジタル人民元」にも触れている。

これに関しては同じ中川氏の『デジタル人民元 紅いチャイナのマネー覇権構想』(ワニブックスPLUS新書)にさらに詳しく書かれているので一読をお勧めするが、「どうせ失敗するに決まっている」「あんなインチキ経済指標連発の中国のデジタル通貨なんて、一体誰が使うんだ」などと侮るなかれ。

チクチクと布石を打ち、じわじわとその姿が見えてきた「デジタル人民元」は、それだけにかなり恐ろしい存在になり得ることが分かる。

まさに「対中防災」の書

相手の真の姿を知らずしては闘えない。脅威の度合いを過大に見積もったり、あるいは逆に政治体制の違いからその能力を不当に低く見積ったりしてしまうと、中国という「災害」から身を守ることはできなくなる。

「敵を知り己を知れば百戦危うからず」

孫子『兵法』でも最も有名な一節であり、『兵法』が日本に伝わってから1300年近くたつわけだが、中世の戦争でも、現代の経営学でもこれでもかというほど繰り返し説かれてきたこの本質を、日本は中国に対してどこまで徹底できているか。

日本だけではない。かつてはアメリカの学者たちも「中国は豊かになれば民主化する」と信じ込み、今になってその予測が間違っていたことを直視せざるを得なくなっている。

中国を正しく知ることは、ある意味でハザードマップを手にすることに等しい。この夏も大雨等による災害が発生しているが、どこが災害になりうるか、発生のメカニズムを知り、防災用品や非常食などを備えておくことは重要だ。災害を侮って丸腰でいれば災害を防げないのは当然だが、その土地の特性も知らず、頓珍漢な備えをしていても意味はない。

中川氏が自身の著作を「防災の書」と位置付けるのは、それゆえだ。中国を「正しく恐れ」、中国と「正しく競う」には、客観的な中国分析と、備えが必要になる。

本書は対中戦略構築において、感情論という「霧」を晴らし、解像度の高い中国分析を手にする一助となる。

梶原麻衣子 | Hanadaプラス

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