財政規律か、芸術文化振興か 南島原「アートビレッジ・シラキノ」 市議会、管理者側と対立

アートビレッジ・シラキノのホームページ

 長崎県南島原市南有馬町の滞在型交流拠点施設「アートビレッジ・シラキノ」はオープンから丸3年が過ぎた。廃校を活用し文化芸術の核とする構想だが、市議会が「身の丈」に合った予算配分と地域性を求めるのに対し、管理者側は20、30年先の芸術文化振興を見据え、両者の間で誤解や摩擦が生じている。
 同施設は、専門的な版画工房と三つのギャラリー、芸術家たちの長期滞在を目的とした宿泊施設を兼ね備える。若手芸術家の支援を目的とした「アーティスト・イン・レジデンス事業」(AIR事業)を軸に、芸術家の創作活動や展覧会、ワークショップなどを通じた地域交流、市独自の新たな芸術文化の創出を目指している。
 10月6日の定例市議会最終本会議。昨年度の一般会計決算認定に際し、近藤一宇(いちう)議員(共産)が「閉鎖的で何をしているのか分からない。地域の人でさえ(施設の存在を)知らない。それでいて毎年1千万円超の支出。見直す時機だ」と反対意見を述べた。
 市は、少子高齢化に伴う社会保障費の増大やコロナ禍に伴う税収減などで厳しい財政運営を強いられている。そのため、過去の予算審査や決算審査特別委などでも同施設への財政支出は「南島原はいいタニマチ」「市民向けアートが少ない」などとやり玉に挙げられていた。
 市はこれまでに、旧白木野小校舎の改修工事費として約5千万円を支出。2018年度が約1900万円、19年度約1260万円、20年度約1630万円の事業経費がかかっている。批判の矛先となった委託料は昨年度約970万円。うち人件費は、施設管理者を兼ねる版画家の男性に年間計約300万円。コロナ禍で昨年度は中止したが、AIR事業で招へいした計13人の版画家には1人当たり17万円(月額8万5千円)が助成金として支払われている。
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 市議会からの批判にさらされながらこれまで沈黙を守っていた男性が取材に対し重い口を開いた。
 「正直失望した。東京に家族を残し、18年から単身で施設内に住み込み工房の設置からプログラムの企画・運営、工房や施設の管理などにまい進してきた。南島原の子どもたちが誇りを持てるような文化を育むと同時に20、30年後に効果が出るような施設の構築のため努力しているのに…」
 経費の膨張を指摘する声に対しては「普通では手に入らない専門書を入手している。工作機械も中古品を独自ルートで仕入れた。壁面の補修や塗装も自分でやった。私的財産も投じた。経費削減の努力はしている」と反論。その上で「われわれは南島原市の事業構想に共感し、市に招かれた“プロ”。ここは公民館ではないし、子ども向け施設でもない。“本物”の芸術や文化を伝えていく場だ」と持論を述べた。
 一方で、複数の教育現場からは「敷居が高い」「山の中腹にあるため気軽に行けない」「小中学校でワークショップを開くなどもっと地域に溶け込んでほしい」との意見や要望もある。
 男性は「厚意的に受け止めたい。シラキノは現在、準備・開所から工房設置の第1段階を終え、レジデンス運用と施設の充実を図る第2段階に入っている。今後は施設の地域への浸透と安定した運営を目指していかなくてはいけない。その後、地域に根付いた文化を定着させていく」と展望を話す。
 ただそもそも、施設の性格を巡っては過去の担当課長が「(平和祈念像を手掛けた北村)西望先生の生誕地で彫刻が主な地域だが、(南島原は最初の銅版画が制作されたため)とりあえず版画でいこうということで事業が進んでいる」と市議会特別委で発言した経緯もある。これについて男性は「初耳。『とりあえず』には驚いた。そこはただしたい」。市議会と管理者の間に立つ市教委の調整力が問われそうだ。

木版画工房で開かれた市民向けワークショップ=南島原市南有馬町(アートビレッジ・シラキノ提供)

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