ジャズ・スタンダード名曲解説!「You Don't Know What Love Is」

世の中に数多あるスタンダード・ナンバーから25曲を選りすぐって、その曲の魅力をジャズ評論家の藤本史昭が解説する連載企画(隔週更新)。曲が生まれた背景や、どのように広まっていったかなど、分かりやすくひも解きます。各曲の極めつけの名演もご紹介。これを読めば、お気に入りのスタンダードがきっと見つかるはずです。

文:藤本史昭

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【第24回】

ユー・ドント・ノウ・ホワット・ラヴ・イズ
You Don't Know What Love Is
作曲:ジーン・デ・ポール
作詞:ドン・レイ
1941年

スタンダードには暗い内容、曲調のものが少なくありませんが、その中でも私的3本の指に入るのが〈ユー・ドント・ノウ・ホワット・ラヴ・イズ〉です。ドン・レイが書いた「恋とは何かあなたは知らない。ブルースの意味を知るまでは。かなわぬ恋を経験するまでは」といういささか恨み節めいた歌詞と、ジーン・デ・ポールのペンになるどマイナーな曲は、失恋した時にきいたら立ち直れなくなってしまうこと、まちがいなし。これぞ最強のトーチソングといえるでしょう。

ところがこの曲、元々はなんとコメディー映画のために書かれたもので、しかも世に出るまではなかなか込み入った経緯があったようなのです。

当初レイとデ・ポールはこの曲を、アボット&コステロ主演による1941年の映画『凸凹空中の巻 (原題:Keep ‘Em Flying)』のために書き、映画のヒロイン、キャロル・ブルースの歌唱でサウンドトラックの録音まで終わっていました。ところが公開直前になって、曲は映画から削除。代わりに翌年、やはりブルースがヒロインをつとめた『ビハインド・ザ・エイトボール』に流用されます。

しかしながら〈ユー・ドント・ノウ・ホワット・ラヴ・イズ〉が採用されなかった理由は、なんとなくわかる気もします。『凸凹空中の巻』は、なるほどブルースをめぐるラヴ・ロマンスも挿入されますが、メインはあくまでもアボット&コステロのスラップスティック。〈ユー・ドント~〉のように重苦しい歌が入る余地はないのです。では『ビハインド・ザ・エイトボール』は深刻な内容なのかというと、こちらもコメディー。しかし音楽は歌詞なしのインストゥルメンタルで使われるので、特に大きな違和感はありません。

そんな、使い勝手のよくない曲ではありましたが、単独でみればこれはやはり名曲。ボツにはなったけれどサントラ盤は発売されたせいか、『ビハインド・ザ・エイトボール』公開前の41年からエラ・フィッツジェラルドやアール・ハインズ、ベニー・グッドマンといった一流どころが早くも録音。50年代半ばにはチェット・ベイカー、マイルス・デイヴィスが相次いで取り上げ、以降今にいたるまで、数多あるスタンダードの中でも独特のテイストを持った曲として、多くのジャズマンに愛唱愛奏され続けています。

●この名演をチェック!

カサンドラ・ウィルソン
アルバム『ブルー・ライト』(Blue Note)収録

ビリー・ホリデイからボズ・スキャッグスまで数多のヴォーカル版がありますが、ここではカサンドラ・ウィルソンの歌を。ギターとヴァイオリンだけをバックにしたパフォーマンスは、異色ながらも曲の本質を見事にすくい取っています。

<動画:You Don't Know What Love Is

エリック・ドルフィー
アルバム『ラスト・デイト』(Limelight)収録

インストもコルトレーン、ロリンズ、マイルス等の名演が目白押しですが、こちらもあえて異色のエリック・ドルフィー版を推しましょう。死を目前にしたドルフィーの、魂の発露ともいうべきフルート・ソロは壮絶の一語に尽きます。

<動画:You Don't Know What Love Is

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