やっと見つけた信頼できる大人が突然いなくなってしまったら… 不登校支援のフリースクール、市が委託先の事業者を変更して起きた混乱

施設の入口にあるむすびつくばの表札

 不登校の児童や生徒らが通う茨城県つくば市のフリースクールを巡り、設置した市が委託先の事業者を変更しようとして、保護者が猛反発している。市は手続き的な瑕疵はないとしているが、大人の都合で学習環境を変えられる子どもには負担が大きい。取材を進めると、学校になじめなかった子どもや保護者の切実な声が聞こえた。(共同通信=川澄裕生)

 ▽「生きる楽しさを教えてもらった」

 施設の名称は「むすびつくば」で、公設民営のフリースクールとして2020年10月に始まった。市が所有する複合施設の一角に拠点があり、不登校の小中学生が週2回程度通ってスタッフと一緒に勉強する。フリースペースもあり、本を読んだりスタッフと会話をしたりして過ごすこともできる。

 委託を受けて施設を運営してきたのが、地元で20年以上不登校の児童や生徒の支援を続けてきたNPO法人「リヴォルヴ学校教育研究所」だ。モットーは「個性豊かな子どもたちが安心して過ごせるオルタナティブ・スペース」。子どもたち一人一人に寄り添った対応が評判を呼び、今年2月1日現在で、当初の定員を上回る36人が利用している。

スタッフと会話する男子生徒(手前)

 その1人、中学1年の男子生徒(13)は小学3年の終わりに不登校になった。「人と話すこととか生きることとか無駄って思っていた。あまり人生がおもしろくないと感じるようになり、学校に行かなくなった」という。一時は別のフリースクールにも通ったが足が遠のき、20年12月にこの施設にたどり着いた。

 スタッフは会話や遊びを交えて授業をしてくれるといい、勉強の面白さが分かるようになった。今は社会科がお気に入りだ。在籍する公立の中学校にも少しずつ通えるようになった。「生きる楽しさを教えてもらった。話し方も教えてもらい、学校で友達もできた」と喜ぶ。

 母親の小柴架奈子さん(39)によると、男子生徒には学習障害(LD)がある。不登校になった後は自宅でYoutubeの動画ばかり見ていたといい、学校に行くか行かないかで何度ももめた。殴られたり、物を投げられたりもした。施設に通うようになってからは落ち着いた様子で、笑顔が増えたという。「当時は共働きで頼る先もなかった。家以外に安心して過ごせる場所が見つかって安心した」と振り返る。しかし、希望が見え始めた直後に委託先が変わることを知った。

男子生徒の作品「人を驚かせるための芋虫」

 ▽公募型プロポーザル方式

 市はリヴォルヴが毎月提出する報告書などから、個々に応じた学習支援の有効性や需要を確認。事業期間は21年度末までだったが、22年度も継続すると決めた。しかし、委託先は選び直すことにした。

 市はその理由に公平性を挙げる。新たな委託料は年間で2千万円超。多額の税金を投入するため、過去の実績だけで決めるのではなく、他の事業者も見た上で判断するという考えだ。

つくば市役所

 委託先の選定に当たり、市は公募型プロポーザル方式を選んだ。落札を希望する各事業者に業務の実施体制や方針などを説明してもらい、高い評価を得た事業者が落札できる仕組み。市は21年11月に公募を始め、計4社が申し込んだ。審査の結果、リヴォルヴは1位になれず次点となった。

 ▽驚きと困惑

 22年1月7日、保護者会の共同代表でもある小柴さんはリヴォルヴからこの事実を知らされて驚き、困惑した。

 委託先が変われば当然スタッフも変わる。子どもたちにすれば、信頼関係を築いた大人を急に取り上げられる形なり、ストレスで悪影響が出かねない。ただでさえ不登校で心に傷を負っており、慎重な対応が必要だった。それにもかかわらず、市は事前に利用する子どもや保護者から意見を聞くことはおろか、委託先を選び直すことも伝えていなかった。

記者会見する小柴架奈子さん(中央)

 危機感を持った小柴さんはすぐに保護者会を開き、リヴォルヴの事業の継続を市に求めることで一致した。19日には記者会見を開催。同席した保護者の女性は「施設にたどり着くまで苦しんで、暗闇の中とても不安な気持ちで過ごしていた。ようやく子どもが安心できる場所を見つけたのに、なぜ何の断りもなく変えてしまうのか」と涙声で訴えた。

 ▽方針転換

 保護者会は五十嵐立青市長らに陳情書や4千筆を超える署名を提出。事態を重く見た市は、プロポーザルで1位の評価を得た事業者やリヴォルヴ、保護者らと話し合いを続けるとしている。

定例記者会見で話す五十嵐立青市長

 3日の記者会見で五十嵐市長は「プロポーザルのプロセスに瑕疵がなくても、ようやく通えるようになった子どもがまた不安になってしまった。本当に申し訳なく思う」と謝罪した上で、「子どもが安心して居続けられるためには今の事業を何らかの形で継続していく必要がある。どういった予算の形であれば実現できるか、議会とも協議している」と明言した。

 現時点では先行きは決まっておらず、子どもや保護者は吉報を待っている。男子生徒は「今の施設をこの先も使い続けたい」と確かに語った。

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