ルサンチマンの亡霊

 ウクライナ侵攻開始をロシア国民に告げるプーチン大統領の目には暗い「ルサンチマン」の炎が燃えているように見えた。ルサンチマンとはフランス語で、弱者が強者に抱く積もり積もった恨みや復讐(ふくしゅう)の感情を意味する▲演説するプーチン氏は憤っていた。北大西洋条約機構(NATO)の拡大はロシアの安全を脅かすと米欧にずっと警告してきたのに「侮辱的、軽蔑的な態度」であしらわれた、と▲ソ連崩壊後に「冷戦の敗者」として扱われてきたとの恨みが、米欧が主導する現在の国際秩序を破壊しようとする蛮行に駆り立てるのか▲まるで100年前を見るようだ。当時は第1次世界大戦の戦勝国がベルサイユ体制と呼ばれる国際秩序を主導し、脇に追いやられた国々の不満が鬱積(うっせき)した。特に敗戦国ドイツは巨額の賠償金にあえぎ、社会不安が増大し、新秩序の確立を叫ぶナチスの台頭を許した▲そうしてナチスが再び大戦を引き起こし、5千万人の命が失われた。勝者と敗者を分かつ世界は恐るべきルサンチマンの温床となる▲ロシアの侵攻は止まる気配がない。今こそ国際社会が一丸となり、武力を用いぬ制裁で暴挙を食い止めねばならない。再び現れたルサンチマンの亡霊を制し、3度目の大戦を回避できるのか。人類の理性と結束が試されている。(潤)

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