永井千本桜

 被爆医師・永井隆博士が私財を投じて植えた「永井千本桜」を見に長崎市の浦上天主堂を訪ねた▲博士は原爆で原子野と化した浦上地区を再び花咲く丘にしようと、1948年にソメイヨシノの苗木1200本を教会や学校などに贈った。今では残りわずかで、枝から育てた「2世」が広がっている▲天主堂に残る老木は力を振り絞り懸命に花を咲かせているように見えた。見詰めていると「(永久平和が)原子荒野から叫ばれる時、それはことに強く人々の胸を打つのではあるまいか?」という博士の言葉が胸をよぎった▲ロシアが核兵器使用をちらつかせて欧米を脅し、ウクライナに侵攻して命を踏みにじる。日本でも「核兵器を持たないと国を守れない」という声が上がる。そんな考えは世界中に核を広げ、破滅を呼び寄せるというのに。気が沈む春だ▲それでも-。英国の歴史家E・H・カーは、歴史の歩みは決して一直線ではなく、進歩もあれば退歩もある、とした。平和と核廃絶への道もそうだろう。人類は行きつ戻りつ、あるべき方向に進んでいると信じたい▲「戦争に勝ちも負けもない。あるのは滅びだけである!」(永井博士)。あの原子雲の下で身をもって知ったことを伝えるために、被爆地は声を上げ続けなければ。今も、そして、これからも。(潤)

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