「母の仕事を継ぎたい」 山本貴士さん(38)=平戸市生月町= 思い継いだ畜産 すみ住み生活誌 境界で暮らす人々・3

「牛たちも大事だが、子どもたちとの時間を大切にしたい」と語る山本さん=平戸市生月町

 長崎県平戸市の北西に位置する生月島は南北約12キロ、東西約2キロと細長い形をしていて、北に向かうほど幅は狭くなる。御崎地区は島で最も北にある集落だ。山本貴士さん(38)はここで牛を飼い、家族と共に暮らしている。

 御崎出身の山本さんは、高校進学を機に島を出た。県外の大学を出て、福岡の飼料を取り扱う会社に就職した。
 6年前、畜産を営んでいた母の順子さん(享年59歳)が作業中に事故死した。順子さんは元々看護師だったが、約30年前、自身の夢だった畜産農家に転身。ほぼ1人で60頭以上の牛を飼育していた。
 仕事柄、畜産農家を回ることがあった山本さんは、順子さんから助言をもらうこともあり、社会人になってからも頼れる存在だった。母の背中を見て育ち、いずれ跡を継ごうと考えていたが、すぐに会社を辞めることができず、一時的に弟に牛の世話を任せていた。
 帰郷を決意したのは母の死から2年後。といっても生月に帰れば家族の生活は激変する。妻(37)の反応が気になったが、「母の仕事を継ぎたい」と切り出すと、すぐに賛成してくれた。
 2棟の牛舎と約5ヘクタールの放牧場は自宅から少し離れた場所にある。そこで母牛65頭、市場に出す前の子牛50頭(3月30日現在)を飼育する。生月島でも細い場所にある放牧場からは西側の海も東側の海も見渡せる。海からのミネラルを含んだ牧草は牛の餌としては最適だという。
 近くに買い物をできる場所はない。牛舎周辺で必要な用事を済ませられることもほぼなく、仕事がしやすい環境でもない。だが、母の思いが詰まった御崎での暮らしにこだわる。
 子どもは8歳から1歳まで4人。長男(5)は、牛舎に遊びにきて、自分なりに作業を手伝ってくれる。生き物相手の仕事に休みはない。家族と触れ合える時間は貴重だ。
 山本さんは、常に効率的な飼育方法を模索している。少しでも家族との時間をつくるためだ。「子どもたちはいずれ進学や就職で、自分と同じように生月を離れるはず。一緒に過ごす時間を大切にしたい」。そう話した。


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