被爆体験語る映像 「8月9日の記憶」ウェブで公開 長崎平和推進協会

証言映像の中で、山田さんが被爆した場所を実際に訪れて体験を語る場面(ユーチューブより)

 長崎平和推進協会(調漸理事長)は、被爆者が長崎原爆に遭った場所などで自らの体験を語る映像「8月9日の記憶」を制作し、今月からウェブ上で公開している。原爆がさく裂した時の状況や、本人や家族が受けた被害、平和への願いなどを聞き取り、当時の資料写真や絵画も交えて伝えるドキュメンタリー。学校などで平和学習にも活用してもらう。
 同協会は修学旅行生らを対象にした被爆体験講話を実施。しかし近年は高齢の被爆者が体調を崩すなどして、講話ができなくなることもあった。そうした事態に備え、同協会は2020年度と21年度、語り部計8人が証言する映像を収録。予備として活用するだけでなく、多くの人に原爆の実相を伝える手段にしようと、今月から同協会のユーチューブ公式アカウントで公開している。
 現在公開しているのは、21年度に制作した被爆者4人の証言映像(各15分程度)。2日に長崎市内で試写会があった。

証言映像の試写会で、あいさつをする田川さん(右から2人目)ら被爆者4人=長崎市平野町、長崎原爆資料館

 12歳の時に爆心地から3.3キロの鳴滝町(当時)の自宅で被爆した田川博康さん(88)は映像の中で、大けがを負った父親らに再会した防空壕(ごう)の近く(爆心地から約900メートル)などを実際に訪問。救護所に連れて行った父親や、軽傷だと思っていた母親を相次いで亡くした記憶を振り返り「原爆や戦争の罪を伝えていくことが大事」と語った。
 爆心地から約2キロの昭和町(当時)で被爆した山田一美さん(88)は、原爆の熱線を遮った岩陰の近くを訪れ「偶然の重なりで生かされた」と回顧。亡くなった友人から「お前は生き残って原爆の話をしろと言われている感じがする」と語り部を続ける理由を語り、「戦争だけはしないよう若い人に努めてほしい」と願った。
 試写後、来場した証言者4人があいさつに立ち、「命が続く限り語り続けたい」「平和が大事と次世代に伝え続けるのが私たちの責任」などと思いを語った。
 映像を収録したDVDも無料で貸し出している。問い合わせは長崎平和推進協会(電095.844.9922)。


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