「○○万円の壁」は意識したほうがいいのか?公的年金と向き合う上で考えるべき3つのこと

人生終盤の生活を支えることになる公的年金とは、どう向き合っていけばいいのでしょうか?

そこで、経済コラムニスト・大江 英樹( @officelibertas )氏の著書『知らないと損する年金の真実 - 2022年「新年金制度」対応』(ワニブックスPLUS新書)より、一部を抜粋・編集して公的年金で大切な3つのことについて紹介します。


(1)より多くの人が制度に参加すること

私が考える「これからの年金にとって大切な3つのこと」をお話しします。これは単に制度についてどうすべきかというだけではありません。制度を変更するのは立法や行政の役割ですから私たちが直接関わるわけではありません。

しかしながら私たちも現行の制度をどう活用するか、あるいはどう向き合うかを考えていくことも大切です。そういうことも含めてお話をしていきたいと思います。

年金の本質が「保険」であることは、本書でも繰り返し述べてきました。保険というのはいうまでもなく、みんなが少しずつお金を出し合い、何らかの理由で困った人を助けてあげるしくみです。だとすれば、そのしくみに参加する人が多い方が制度は安定します。

たとえば10人で生命保険を作ったとして、その翌年にそのうちの誰かが亡くなってしまったら、まだそれほど保険料は積み上がっていないので十分な保険金を払うことができません。でもこれが1000人とか1万人以上になれば保険金を支払うための原資は十分になります。もちろん参加する人が増えれば不慮の事故や病気で亡くなる人も増え
ますが、それはある程度確率的に予測できることですし、確率はあくまでも不確定ですが、対象となる数が多くなればなるほど、理論上での確率に近づいていきます。

これは「大数の法則」と呼ばれているもので、保険を作る上での最も基本になる考え方です。たとえばサイコロを振って1が出る確率は6分の1ですから、6回振れば1回出るというのが理論上の確率ですが、実際にはそうなりません。一度も出ない時もあるし、2回、3回と出る時もあるでしょう。でも120万回サイコロを振れば、1が出る回数は6分の1である20万回にかなり近づくと思います。つまり試行する回数が多いほど理論上の確率に近づくのが「大数の法則」なのです。したがって、一般的に保険というものは加入する人が増えれば、不確定要素は減少し、制度としてはより安定的なものになります。

公的年金の場合は、原則20歳以上の国民は全員加入していますからどんな保険よりも「大数の法則」は有効に作用します。かつ、年金の保険としての最も大きな役割は年を取って働けなくなった場合に生活できるようにすることです。年をとって働けなくなるというのは程度の差こそあれ、誰にでも等しく訪れる事態です。したがって、この制度は誰もが入っておくべきなのです。

さらに言えば会社勤めで給料をもらって生活している人は定年がありますから、自営業に比べて働けなくなる時期が早くやってきます。したがって正社員であれ非正規社員であれ、雇われて働いている人であればできるだけ多くの人が厚生年金に加入できるようにすべきなのです。だからこそ、厚生年金に加入できる対象を広げたわけですし、我々は給与所得者であれば、可能な限り厚生年金には入っておいた方がいいのです。

たとえ専業主婦の人でも「○○万円の壁」などは意識せず、働けるのならどんどん働いて厚生年金に入っておいた方が将来安心できると考えるべきでしょう。

(2)公平であること

公的年金で大切なことの2つ目、それは制度が公平であることです。(1)でお話ししたように誰もが参加することが大切なのであれば、それは公平でなければならないということです。この場合に「公平」というのは2つの意味があります。

ひとつ目は、負担と給付のバランスです。すなわち保険料を多く負担すれば年金の給付も多くなるべきだということです。厚生年金の場合、「報酬比例部分」がありますから、一生懸命働いて給料が上がれば、保険料の負担も増える代わりに将来の年金支給額も増えます。

また、1人あたりの収入が同じであるなら、どんなパターンの世帯であっても1人あたりの年金給付額は同じになるということです。言い換えれば専業主婦になるのか、それとも共働きになるのか、あるいは生涯独身で過ごすのかは、人それぞれのライフスタイルです。どんなライフスタイルになっても収入が同じである限り年金給付額は変わらないということは今後益々多様性が進む社会においては極めて重要なことです。そして現在の年金制度はそのような仕組みになっているのです。

もちろん、自営業やフリーランスの場合、厚生年金に加入できませんから狭い意味での公的年金制度だけで見ると自営業の給付額が少ないことは確かです。しかしながらそもそも自営業には定年がありませんから一般的には働ける期間はサラリーマンよりは長いですし、かつサラリーマンが厚生年金保険料を払い込む金額と同じぐらいの金額を国民年金基金やiDeCoに回せば、非課税扱いで積立ができます。

加えて、掛金全額が所得控除になりますから、制度としては決してサラリーマンだけが優遇されているわけではありません。むしろサラリーマンには利用できない有利な制度がある分、自営業の人が頑張って稼げばサラリーマンをはるかに上回る老後資金を手にすることも可能です。

ふたつ目の「公平」は、世代間の負担が公平であることです。簡単に言えば現役世代と受給世代で痛みを分かち合うということです。

現在の高齢世代は若い頃は親の扶養と保険料の納付という二重の負担を負ってきた部分もありますので、必ずしも今の高齢者が特別に優遇されているというわけではありません。さりとて今後少子高齢化が進んで行く2040~2050年ぐらいまでは放っておくと現役の負担のみが増大しかねません。だからこそ2004年の改革で保険料も一定期間は引き上げる代わりに受給者にも「マクロ経済スライド」で少し我慢してもらおうという仕組みを作ったのです。

単純に保険料の負担だけに限って言えば「世代間格差」はありますが、トータルに考えると「世代間不公平」ということが生じないように設計されているのです。

(3)経済が成長すること

公的年金で大切なことの3つ目、実は私はこれが最も重要ではないかと考えているのですが、それは「経済が成長すること」です。経済が成長すれば、当然給料も増えます。年金保険料というのは簡単に言えば給料に一定の割合をかけた金額を徴収しているわけですから、給料が増えるということは年金保険料も増えます。

また、一定の年齢になって新たに年金を受け取り始める人(これを新規裁定者と言います)は賃金の上昇にスライドして年金額が決まります。したがって給料が増えるということは年金額も増えるということになるのです。

もちろん経済が成長すれば物価も上昇しますが、極端なインフレにでもならない限り、通常の状況では賃金の上昇率は概ね物価を上回ります。したがって経済が成長し、給料が増えるということは、今の生活だけでなく将来の年金にも好影響を与えるのです。

そもそも年金の積立金が200兆円近くあるという、他の先進国では考えられないような余裕ができたのも公的年金制度が拡大した時期が昭和30~40年代の高度成長期であったことと無縁ではありません。一般的にはよく当時はまだ高齢化社会になっていなかったから人口構成で有利だったと言われます。そうした側面が全くないとは思いませんが、それよりもむしろ経済成長が果たした役割が大きかったのではないかと思います。

何しろ昭和30年代の我が国の経済成長率はおよそ9%、40年代前半の経済成長率は11%台ですから今では考えられないような数字です。当然、給料も上がりました。ところが我が国の給料は2000年以降、ほとんど増えていません。やはり経済成長とそれに伴う賃金の上昇というのは、社会保険の制度にとっては非常に重要なことと言っていいでしょう。

ここでお話しした公的年金で大事なことの(1)と(2)は言わば制度の問題であり、ガバナンスの問題でもあります。これらは法律を作り、行政が執行することで解決することはできますが、(3)の経済成長は行政の側で直接何かできるというものではありません。私たちは何かと言うと、国が悪いとか行政が悪いと言いますが、年金について言えば、最大の課題は経済の成長だと私は思います。そのために民間の企業を中心として経済のダイナミズムを復活させるのは政治の役割でもあり、何よりも私たち国民1人ひとりの役割なのです。

著者 大江英樹

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2022年より施行される「新年金制度」にも対応。
年金受給における転ばぬ先の杖となること請け合いです。

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